梶原しげる『すべらない敬語』新潮新書

すべらない敬語 (新潮新書)

すべらない敬語 (新潮新書)

社会人生活をはじめるとまず苦労するのが敬語、という人は多いかと思われます。序文で書かれていますが、言うにしても言われるにしても、まさに「一日の90%」は敬語に囲まれた生活。本書では敬語に対する考え方や2007年に答申された敬語の指針、はたまた敬語の上手な使い方について書かれている新書です。

なぜ敬語を使うのか?

「相手に敬意を持っていないから敬語は使わない」「面倒くさいから敬語はイヤ」と言う方もいらっしゃるかもしれません。本書は、「なぜ敬語を使うのか?」に対し明確な回答を出しています。

全ては「自己責任」なのです。(p53)

敬語は言わば服装と一緒です。場合によってはスーツを着たり、親しい間柄の場合はカジュアルな服を着たり、と場面場面で使い分ける必要があります。敬語やタメ口を使った際に、自分がどう見られるのか、という点も含め「自己責任」という言葉は言い得て妙だと思います。
長くなりますが、文化審議会「敬語の指針」から引用します。

Q.尊敬している人には敬語を使って話したいのだが,社会人は,尊敬していない人にまで敬語を使わなければならないのだろうか。
【解説】まず,確認しておきたいことは,尊敬の気持ちと敬語との関係である。敬語は,敬意に基づき選択される言葉であるが,敬意は必ずしも尊敬の気持ちだけではない。
その人の「社会的な立場を尊重すること」も敬意の現れの一つである。仮に尊敬できないと感じられる人であっても,その人の立場・存在を認めようとすることは,一つの「敬意」の表現となり得るのであり,その気持ちを敬語で表すことは可能なのである。それは,自分の気持ちを偽っていることにはならない。むしろ,敬語を使うべき場面で敬語を使わないことは,社会人として,相手に礼を失するおそれがあることに留意すべきである。敬語の役割の一つには「社会人としての常識を持っている自分自身」を表現するという側面もある。自分自身の尊厳のためにも敬語は使われると言うことができる。社会人にとって,敬語を使うことの意義は,そこにも見いだせる。

敬語も変わる

2007年に文化審議会より「敬語の指針」について答申がありました。*1
学校で習った敬語の種類といえば「尊敬語、謙譲語、丁寧語」の3種類、という記憶がありますが、今回なんと「尊敬語、謙譲語I、謙譲語II、丁寧語、美化語」の5種類に増えています。「エコーズかよ!」というツッコミも聞こえてきそうですが、それぞれの中身は、
尊敬語・・・相手の行為を高める言葉。「召し上がる」「仰る」など。
謙譲語I・・・(行為の)相手の位置を高めるための「自分側から相手側に行なう行為」に関する言葉。「伺う」「差し上げる」「ご説明」など。
謙譲語II・・・自らの行為を一段下げることにより相手(聞き手)を高める言葉。「参る」「申す」など。
丁寧語・・・話や文章の相手に対して丁寧に述べる言葉。「です」「ます」など。
美化語・・・ものごとを,美化して述べる言葉。「お酒」「お料理」「ご飯」など。
謙譲語のIとIIの違いがわかりづらいかもしれませんが、「先生の家に伺います」(謙譲語I)といった場合、敬語の対象は訪問する相手(この場合は「先生」)であり、「先生の家に参りました」(謙譲語II)の場合、敬語の対象は文章を読む相手になります。これは行為の相手を変えてみればよくわかるのですが、「弟のところに参ります」は言えますが「弟のところに伺います」は不自然です。敬語は、「誰を立てるか」に重きを置かれているのです。
普段使っている敬語も、その構造を理解すればより的確に利用できます。この「敬語の指針」、「マニュアル敬語について」「過剰敬語について」なども書かれており、読み物としても面白いので是非ともご一読いただきたいと思います。

敬語について

当然ながら、「敬語」といっても言葉だけではありません。どんなに敬語を使っていても不快に感じることもいれば、タメ口で話されても不快に思わない場合もあります。「敬語」とは「敬意」であり、それは言葉そのものだけではなく、喋り方や所作にも表れます。ネット上のエチケットで敬語が推奨されるのは、「言葉そのもの」しかそこの表現されないからに他なりません。
一方で、著者は芸能人のエピソードを例に取り「敬語」と「タメ口」の使い分けによる相手との距離の詰め方について話しています。著者はフリーアナウンサーなだけあり、このあたりの描写や観察眼は鋭く、また語り口が絶妙なため非常に参考になります。
楽しく読みながら、敬語が学べる。そんな本だと思います。
「敬語」を使いこなしたい方には是非ともオススメしたい一冊です。

*1:pdfです