『銀河英雄伝説9 回天篇』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈9〉回天篇 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈9〉回天篇 (創元SF文庫)

「歴史とは、人類全体が共有する記憶のことだ、と思うんだよ、ユリアン。思いだすのもいやなことがあるだろうけど、無視したり忘れたりしてはいけないのじゃないかな」
(本書p19より)

(以下、既読者限定で。)
 『銀河英雄伝説』という作品は、ジャンルとしてどのように位置づけるのかはさておくとしても、男女問わず人気のある作品です。
 男性に人気のあるのは分かります。何といっても『銀英伝』は戦記もの・国盗り物語です。そうした物語はいつの時代も男の子は大好きですからね。
 その一方で女性にも人気があるというのが、他の戦記ものとの人気を比較した場合の『銀英伝』の稀有な点だと思います。しかしながら、それも何となく分かるといえば分かります。カッコよくて魅力的な男性キャラが多数登場する作品ですから、ヤオイ的な楽しみ方は多種多様なのでしょう。きっと。いや、こっち方向への考察は興味半分で近づいてはいけない気がするので早々に撤退しますが(笑)、それ以外に女性に人気がある理由として、作品の大枠が女性漫画的であることが挙げられると思います。
 大抵の少女マンガで恋愛を主軸としてる作品は、物語の中盤辺りで結ばれるパターンが多いような気がしますという指摘がありますが、それに倣えば、全10巻中5巻でラインハルトが銀河を手に入れてしまったこの物語はまさに少女漫画的であるといえるでしょう。そうした点にも女性の支持を得ている一因があるのではないかと思ってます。
 ただ、それは”歴史”という大枠のレベルでの話に過ぎません。政治・戦略・戦術・個人という多層的で多面的な物語であるからこそ、ミクロの目で見たときにはまた違った物語があります。今まで帝国内で積み上げられてきた人間関係のつながりと揺らぎ。結束と破滅の伏線。それらが一挙に噴出して物語は大きく動きます。動いてしまいます。
 ラインハルトとミッターマイヤーとロイエンタール。オーベルシュタインにヒルダ。さらにはラングにトリューニリヒト。キルヒアイスの名前もあえて挙げますが、知勇に優れた英雄たちを以ってしても、「歴史は繰り返す」の呪縛から逃れることはできません。結局、ロイエンタールは裏切るべくして裏切った、というようにこの物語自体が描いてきました。そういう伏線を幾重にも貼り、フラグも何本も立ててきました。平和の無為に耐えられない梟雄の悲劇。歴史を紐解けば類似のケースはいくらでもあります。にもかかわらず、初読時においてロイエンタールの反逆という事態に直面したときには、やはりそのことを平然と受け止めることはできませんでした。なるようにしかならなかったのかも知れないけれど、でも、なんとか回避できたかも知れないと思わずにもいられません。そんな必然と矛盾、秩序と混乱といった様々な要素が、この金銀妖瞳の英雄の反乱には多分に含まれています。銀河の統一という覇業を成し遂げ、さらにはヤン・ウェンリーという主人公の一人が退場した後でなお、こうした山場を9巻という最終盤に用意しているところが本当に凄いです。
 そうしたすべての因縁が決着をみる歴史的な大事件と並列して、ラインハルトのこれまでクローズアップされることのなかった側面、すなわち私人としてのダメさ加減がついに問題となってきます(笑)。「西暦の17世紀に、北方の流星王と呼ばれる小国の王がいたそうだよ」(本書p73)とマリーンドルフ伯によって紹介されているのはおそらくカール12世のことではないかとされてますが(参考:Wikipedia)、そんな世俗的な意味での欲望に無頓着で性愛にも興味を持ってこなかったラインハルトの生き方。そうした性格は、意地悪な見方をすればキャラクタ的な個性というよりは、銀河統一という目的に邁進させるために削ぎ落とされたという物語的な意味での必要性からのものであることは間違いのないところでしょう。ただ、専制君主制である以上、どんなに未来の物語だからといって血統の維持を疎かにするわけにはいきません。甚だ滑稽であるといわざるを得ませんが、そんなことを意識してかどうかは分かりませんが、ラインハルトとヒルダの恋愛関係は拙いものです。ホントにどうしようもありません。にもかかわらず、この場合はとても自然な流れだと思いますし、また似合いのカップルであることも間違いありません。そうして紡がれる次代への希望。それはまたひとつの時代の終わりをも意味しています。

 大小さまざまの悲劇や喜劇が時空の舞台で上演され、幕があがり、幕がおろされ、主役が交替していく。自分たちが参加を許された劇――壮麗な夢想と膨大な流血にいろどられた、真紅と黄金の歴史――が、終幕にちかづきつつあることを、ユリアンは予感していた。
(本書p283より)

 銀河の英雄たちの伝説も残すは最終巻である10巻のみ。銀河の歴史は果たしてどのような結末を迎えることになるのでしょうか。



 ちなみに本書の解説者は永瀬唯ですが、「『銀河英雄伝説』とスペースオペラ」という表題でスペースオペラと『銀英伝』(とガンダム)の関係について述べています。元来自虐的な蔑称であったはずの「スペースオペラ」が、日本において骨太で壮大な物語と認識されるようになった背景に『銀英伝』(とガンダム)があることは押さえておかなくてはならないことでしょう*1。そうしたことが簡単に説明されていますから、興味のある方には一読をオススメします。
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プチ書評 銀英伝とライトノベル

*1:さらにいえば、『銀英伝』のアニメ版においてクラシック音楽が用いられたことが物語に”オペラっぽさ”を感得させる一因になったのではないかと思っています