千日手について

 4月になって新たに始まった第58回NHK杯将棋トーナメントの第1回戦第1局、堀口一史座七段対村田顕弘四段の一戦は、何と千日手指し直しという波乱の幕開けでスタートしました。

千日手【せんにちて】
 同一局面が4回現れ無勝負になること。王手の連続の場合は攻め方が手を変えないと負けになる。また、厳密には4回繰り返さずに、両者の合意の上で千日手が成立することもある。昭和58年4月1日に「同一手順3回」から「同一局面4回」に対局規定が改訂されている。
(『日本将棋用語辞典』p117〜118より)

 普通に指してる分には滅多に発生しませんが、プロの将棋のようにギリギリを追求しながら指している場合にはどっちも引くに引けなくなっちゃって千日手になっちゃうことが稀にあります*1
 連続王手の場合には攻め方が負けになりますが(したがいまして攻め方は変化することになりますが)、それ以外の場合、プロの将棋ですと先後を入れ替えて指し直しになります。将棋では統計的に先手の勝率が53〜52%とやや有利な数字が出ています。なので、先手で千日手になってしまったら作戦失敗、後手なら作戦成功とする見方が一般的です。
【関連】千日手についていろいろと - 勝手に将棋トピックス
 勝率的な先手のアドバンテージをなくすために、千日手は後手勝利とすべきとする案が示されるときがあります。しかし、それは将棋の本質を歪めるものだとしてトッププロは反対しています*2
 そうした案が示される背景には、千日手そのものに対する批判があります。千日手が発生すると新たに指し直して勝敗を決めることになりますが、それは運営上負担となります。特に今回のNHK杯のように放映時間がきっちり決まっているものだと尚更です。編集でカットされて感想戦も放送されなくなりますしね。もっとも、視聴者的には珍しいものが見れて美味しいですけどね(笑)。
 とはいえ、勝負として将棋を指している以上、対局者にそうしたことを考えさせてしまうのは本末転倒でしょう。勝負のためには全力を尽くして欲しいですし、そのためには千日手も辞さずの気持ちで戦ってもらわなくては困ります*3。なので、私は基本的に千日手は現行どおりでよいと考えています*4
 ちなみに、昭和58年に千日手の規定は改訂されています。「同一手順3回」も「同一局面4回」も実際そんなに違いはないのですが、しかし厳密には異なります。それは同一手順が3回だと変化の途中に2つ以上の選択肢があって、でもどれを選んでも結局は変わらないという場合があるからです。そうしたときに手順を基準にすると微妙なところで手を変えることで終わらなくなってしまうことが考えられるので、手順ではなくて局面を基準とするように改定されました。
 将棋の千日手を題材にした小説として、夢枕獏の短編『千日手』(創元SF文庫『遥かなる巨神』収録)という作品があるのですが、昭和53年に発表されたものなので千日手の定義も「同一手順3回」となっています。この点、現在の基準とは異なりますので注意が必要です。もっとも、作品の内容的にはそんなの別に関係なくて将棋ファンなら楽しめること請け合いです。ぜひお読みくださいませませ。
【参考】千日手 - Wikipedia

日本将棋用語事典

日本将棋用語事典

*1:将棋世界』2008年3月号の中で千日手について羽生善治は「最近の将棋では読んでいる変化の中に千日手が出てくることは結構多いんですよ。そういう傾向はありますね。出現の可能性が高くなっているという印象はある。結局、僅差の勝負をやっていると千日手出現の可能性は高くなるんですよ。」(p112)と述べています。

*2:将棋世界』2008年3月号「『イメージと読みの将棋観』 テーマ3 千日手について」より

*3:その昔、名人戦千日手を回避したために負けてしまった棋士のことを非難した坂口安吾の観戦記があるらしいです(私は未読です。ぜひ読んでみたいです。)

*4:ただし、コンピュータ将棋と指してて千日手模様になって辟易することはあります。あいつらは空気を読まないので自分から手を変えるということをしません(笑)。ってか、私の使ってる将棋ソフトは千日手の概念を理解していないらしく、いつまで経っても勝負がつかなくなっちゃうときがあります。まさに千日手です。千日手になったらちゃんと指し直しになる将棋ソフトをご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。