日本のアニメで中国がヤバイ 遠藤誉『中国動漫新人類』
- 作者: 遠藤誉
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2008/02/07
- メディア: 単行本
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中国の若者をはじめ多くの人に取材しており、現在の中国の「生の声」が伝わる非常に興味深い内容になっています。
中国における日本のアニメ・マンガの大流行
動漫とは、中国の言葉で「アニメ・マンガ」という意味です。
中国では日本のアニメやマンガが大流行しています。
中国の大学では「日本アニメ研究会」が勃興しており、規模も大きく学生たちに人気です。日本と異なりアニメやマンガを嗜む人たちに偏見は無く、学校では女の子たちが「セーラームーン」ごっこをし、男の子は「スラムダンク」に憧れバスケットボールをします。「スラムダンク」の流行は中国にバスケットボールブームを起こし、NBA選手をも輩出しています。
●「スラムダンク」が中国にもたらしたもの
国家事業で行なわれるコスプレ大会はテレビ中継され、参加者は60万人、視聴者は5億5千万人と全てにおいて桁が違うほどのイベントです。
実際、中国の総人口13億人強のうち、動漫市場の消費者は約5億人。うち18歳以下は3.6億人と、中国において日本動漫とは、もはや一つの「文化」となっています。
なぜ日本動漫ががこれほどまでに流行したのか
なぜこれほどまでに日本動漫(日本のアニメ・マンガ)が流行したのか?
著者は2つの観点からこの疑問にアプローチしていきます。
(1)日本動漫が中国の人々に行き渡った理由
著者は「「海賊版」の流通が図らずも日本動漫を定着させた」と述べます。
一ヶ月の小遣いが10元(約150円)程度しかない子供たちにとって、正規版のマンガはとても高くて買えません。海賊版を買うということに対する是非は兎も角として、厳しい台所事情の子供たちですら買うことの出来る安価な海賊版の流通により、日本のアニメ・マンガは広く知れ渡ることになります。
現在、日本でも動画サイトにおいて「広告・宣伝」と「著作権の保護」の間で激しい綱引きが行われていますが、こと中国に関しては、(正規品ではないですが)消費者の経済力に見合った安価なコンテンツが流通することで間口が広がり人口に膾炙し、アニメ・マンガの「ファン」が着実に増えていった、と言えるのではないかと思います。
(2)日本動漫の流行を中国政府が制御できなかった理由
反体制的な思想を多分に含んでいる「アメリカの若者文化」は、自由への渇望や現体制への不満とつながることを恐れた中国政府により警戒され、様々な検閲を経て「目黒の秋刀魚」*1のように骨抜きにされたコンテンツとして一般大衆の下に届くことになります。
一方で同時期に中国に入った日本のアニメ・マンガは、「娯楽のみを追及した無思想なコンテンツ」として網の目をかいくぐり、結果日本動漫の大流行という事態に発展します。
中国政府も慌てて2006年に「ゴールデンタイムにおける外国アニメ放映禁止令」*2を出したり「国産アニメ推奨保護策」を謳ったりしましたが、時すでに遅く、中国の民衆、特に若者は「日本動漫」にどっぷり漬かっていたのです。
日本動漫が中国の若者に与えた影響
無思想であるがゆえに政府の網の目から逃れ一般大衆に行き渡った日本動漫。しかしながら、日本動漫は中国の若者に大きな影響を与えます。
日本動漫にある等身大の日本人の生活。そこで描かれるファッションや食文化、都会の喧騒は読者に大きなカルチャーギャップを与えたであろうし、それまでトップダウンで与えられていた画一的な「日本像」とは大きく異なっていたでしょう。日本動漫を見ることは、すなわち「日本」を知ることでもあったのです。
また、「民主」のことを中国語の発音記号の「Min-Zhu」の頭文字を取って「MZ」と表記しなければならないほどネット検閲の厳しい中国において、「民主主義」は最も警戒されるべき思想の一つです。しかしながら、多種多様のコンテンツがある日本動漫を、「自らの目で選び」「自らの意志で選ぶ」ことを子供のころから行なってきた中国の若者にとって、「個人の価値観によって”民が選ぶ”」という「民主主義へのステップ」が知らないうちに育まれたのです。
日本動漫は中国の若者たちを精神的革命にいざなった、とでも言えようか。
声もない、デモもない、旗もない、流血もない民主化。
静かなる精神文化の「革命」だ。(p383)
中国動漫新人類
このように日本動漫に子供のころから触れてきた中国の若者たちは、「反日感情」と「日本動漫好き」という相反する感情を抱えることになります。これはすなわち、中国という社会主義国家が築き上げてきたトップダウンである「主文化」と、民衆から生まれたボトムアップである「次文化」のせめぎ合いとも言えます。*3
この「ねじれ」が今後どういう方向に進むのかはわかりませんが、少なくとも「日本動漫好き」な感情を持つ「中国動漫新人類」が今後の中国を担っていくことだけは事実だと思います。
『中国動漫新人類』では中国における日本動漫の流行を軸に、日中間の現代史にも深く切り込んでいます。知っているようで知らない隣人について、偏ったフィルタを通さずに知ることが出来る貴重な一冊だと思います。オススメです。