ロマンホラー・深「句」の秘伝説 笹公人『抒情の奇妙な冒険』
- 作者: 笹公人
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/03/20
- メディア: 単行本
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この笹公人、「非日常」世界の風景を三十一文字で切り取るという珍しい歌人です。
『念力家族』より。
落ちてくる黒板消しを宙に止め3年C組念力先生
満員電車こころで歌うメロディーを隣の男よなぜ口ずさむ
金星の王女わが家を訪れてYMOを好んで聴けり
大塚英志が提唱するところの「まんが・アニメ的リアリズム」の世界を「写実的に」詠う短歌。虚構の世界をリアリティたっぷりに描写するからこそ、「虚構」と「現実」が地続きである「いま、ボクたちの居る現実の世界」をくっきりと映し出しているのだと思います。
今作『抒情の奇妙な冒険』は、タイトルこそ荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』のオマージュですが、特にジョジョを詠っているわけではありません。*1これまでの歌集と同じく非日常の世界を切り取ると同時に、マンガ・アニメ・ゲーム・小説・映画・テレビなどのいわゆる「サブカルチャー」を詠んだ句も多々あります。
懐かしのヒーローアニメ主題歌の「♪だけど」の後が沁みる夜更けぞ
トラウマなる言葉の意味を知りたるは冒険の書が消えたあの夜
ボッコちゃんの掲げるグラスに土左衛門浮かんでいたり微笑みながら
短歌という詩が自らの心の動きを詠うものならば、なにも綺麗な風景を見たり恋をしたりする必要はありません。アニメを見た、小説を読んだ、ゲームをした、それらによって自らの心に浮かぶ感情を三十一文字に込めることで「短歌」を詠うことは出来ます。そしてそれが今作のタイトルにもなっている、作者の「抒情」なのです。
『念力家族』の書評でフジモリはこの作者の作品のことを「ライトノベル短歌」と称しました。「非現実世界」をリアリティたっぷりに描写したり、読者がアニメ・マンガなどの前提知識があることを踏まえていることなど、この歌人の短歌とライトノベルとは多くの共通点があると思っています。
「ぼくらのセカイ」を切り取った歌集として、一句一句情景を頭に浮かべながら余韻に浸るのも乙なものかと思います。万人に向けてオススメする本ではないかもしれませんが、興味をもたれた方は是非。
【関連】プチ書評 笹公人『念力家族』インフォバーン
*1:「ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴ」みたいな句を期待した方、すみません