『アリア系銀河鉄道』(柄刀一/光文社文庫)

アリア系銀河鉄道 (光文社文庫)

アリア系銀河鉄道 (光文社文庫)

 『三月宇佐見のお茶の会』連作短編シリーズの一冊目です。三月ウサギをもじったその名前からも明らかなとおり”不思議の国のアリス”を意識したものとなってまして、日常から乖離した論理が織りなす不思議な世界が楽しめるものとなっています。

言語と密室のコンポジション

 宇佐見博士が迷い込んだのは、地の文で思い描いたことが実体化してしまう、言語の創始にかかわる世界です。そんな世界で発生した密室殺人事件の謎を解決することになります。ミステリというのは客観性というのが大事なのですが、本作の場合は地の文における記述文のみならず思ったことまでも実体化してしまうということでそれが強化されていると共に奇妙な世界が生まれる原因にもなっています。また、濁音・半濁音が存在できない”清音の部屋”や字義通りのことが現象化する”言霊実存の部屋”といったルールは筒井康隆『残像に口紅を』のような虚構遊びに通じるものがあります。もっとも、真相の真相自体は論理的に厳密なものではありません。”清音の部屋”は日本語が前提となっているはずなのにむにゃむにゃ、というのは気にならなくはないのですが、そういう物語ではないと思うのでまあ良しとします(笑)。
【関連】三人称視点の語り手は誰? - 三軒茶屋 別館

ノアの隣

 創世神話ノアの方舟”に乗ることになった宇佐見博士は、時空間の常識を超越した神話規模の不可思議な現象に巻き込まれることになります。あり得ない反転現象。世界の反転は常識の反転を迫ります。そこから進化論について一石を投じるまでの流れが面白いと思いました。

探偵の匣

 えーと。タイトルどおりの趣向としかいいようがありませんが、多重人格ミステリの好作とだけ申し上げておきます(笑)。

アリア系銀河鉄道

 『銀河鉄道の夜』をモチーフとした不思議な推理の物語です。『銀河鉄道の夜』になぞらえて考えると、ジョバンニがマリアでカムパネルラが鶴見未紀也で、宇佐見博士はブルカニロ博士ということになるのでしょうか。情景豊かな宇宙のイメージは面白いと思いますが、ミステリとして考えたときには(主にあとがき関係で)異論がありまくりですが(笑)、あまり深く考えないことにします(←それでいいのか? と思われる方は黄金の羊毛亭さんの感想がオススメです)。
【関連】青空文庫 『銀河鉄道の夜』(角川文庫版)

アリスのドア〜Bonus Track〜

 「アリア系銀河鉄道」のB面とでもいうべき物語です。密室からの脱出がテーマでして、謎と解答にはそんなに感銘は受けませんでしたが、物語の裏に隠されていた真実とイメージが面白い一品です。閃きの着想として見立てや類推はミステリの基本ではありますが、本書(ひいては本シリーズ)はその辺りをとても大切にしているのだと思います。
【関連】『ゴーレムの檻』(柄刀一/光文社文庫) - 三軒茶屋 別館