『掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南』(輪渡颯介/講談社ノベルス)

掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南 (講談社ノベルス)

掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南 (講談社ノベルス)

 第38回メフィスト賞受賞作。メフィスト賞ときくと、もはや”イロモノ”というイメージが私の中にあったりしますが、本書はむしろ地味というか堅実な出来映えだったので少々驚きました。いや、私の基準が歪んでいるだけかもしれませんが(笑)。
 220ページで13章と、割と細かい章立て構成となっています。物語全体は三人称で統一されていますが、章が変わるごとに読者のフィルタとなる人物(=視点)がコロコロと入れ替わります。さらに「小怪四題」では四つの、「小怪三題」三つの怪談小話が挿話されています。また、物語の時間軸も過去と現在をときに激しく移動するので、本筋がなかなかつかみにくいです。もっとも、それも本書で用いられているトリックを考えると理由あってのことなのですが、ページ数が少ない割りには読むのに神経を使うことになります。ミステリでは、「誰の視点か?」あるいは「誰の語りか?」というのが物語を理解する上でとても重要です。三人称視点というのは、その上位にはどうしても神=作者の存在を意識せずにはいられませんが、下位のレベルでは作中の人物の視点を通すのが普通です。一方、作中作(本書の場合だと小怪)の場合には、作中の人物がその作中作の上位者の地位を占めることになります。そうした問題点を意識するための素材として本書は最適じゃないかなぁと思ったり思わなかったりです(笑)。
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 「入れ替わり」というのは本書ではとても大事な要素です。江戸時代を物語の舞台とした背景には、殺人を正当化する事情(=お家騒動)の存在、現代よりも命の価値が安い、物的証拠の証拠能力が発揮されにくい、というのもあるでしょうが、個人を同定する基準が曖昧というのもあります。本書はあくまでも本格ミステリなので、江戸の情緒を楽しむ時代小説とは一線を画します。当時の文化や人々の生きる姿を知りたければ他の本を手に取るべきです(だからといって、本書の時代考証が適当だという意味ではありません。むしろ、最低限押さえるべきところは押さえられているのではないかと思ってます)。本格ミステリというパラダイムに隷従するかたちで江戸時代が用いられているのが、本書の場合だと比較的好印象でした。
 とはいえ、本書の主眼はやはり怪談をミステリという枠組みに落とし込んで、さらにそれを本書における推理の手法にまで昇華した点にあるでしょう。オビには「本格時代小説と怪談ミステリの美しき融合!」と書いてあって、それはそれで嘘ではありません。ただ、本物の怪談の存在というものが全否定されているわけではないのですが、でも、本書も所詮は本格ミステリなので(苦笑)、そのほとんどが合理的に解明されちゃいます。ミステリ読みとしてはそうじゃないと困りますが、間違ってバリバリのホラーファンが手に取ったりしちゃうとガッカリされるかもしれないのでご注意を(笑)。
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