『ブラック・クリスマス』(トーマス・アルトマン/創元ノヴェルズ)

ブラック・クリスマス (創元ノヴェルズ)

ブラック・クリスマス (創元ノヴェルズ)

 12月23日。町中がクリスマスを意識し始めた雪の日。少女は森の中で交際相手の彼を待っていた。別れ話の予感に怯えつつ、それでも彼を待っていた。人の気配に振り向く。彼? しかし、彼女が目にしたのは斧――。雪野原に横たわる彼女。口の中に広がるのは雪の冷たさと血の味。彼女の目の前にあるのはまっ白な雪と赤と黒の血、そして、離れた場所に転がっているミトン。薄れ行く意識の中で、彼女が最期に目にしたのは、首筋に振り下ろされる斧――。
 知らせを受けて駆けつけた郡保安官(シェリフ)ダンスモアは十三箇所も切りつけられた無残な死体を目にすることになる。家族に訃報を届け、オフィスに戻って彼が見たものは、カレンダーに刻まれた十三の切り傷だった。
 マードックという鄙びた町を舞台にした連続殺人事件。一言でクリスマスと言ってもいろんな捉え方があるでしょう。聖夜が性夜になんて日本に対する批判も一部であったりするみたいですが(苦笑)、いずれにしても、クリスマスは基本的にはお祭りです。特にこうしたアメリカの田舎町だと教会に集い、そして家族と共に過ごすといった習慣はとても大事にされているみたいです。
 本書の主人公であるダンスモアも、クリスマスを前に自らの家族に思いを馳せます。17歳になった最愛の娘ナンシー。いつからかギクシャクした関係になってしまった妻エリナー。そして愛人であるアリス。町中がクリスマスを祝う空気に包まれた中で起きた突然の惨劇。娘の悲報を聞いた家族の悲しみ。家族を大切にする日を目前にして起きた家族を失う悲劇。このコントラストこそが本書のテーマでありプロットの要点であることは間違いありません。タイトルの『ブラック・クリスマス』(原題:BLACK CHRISTMAS)は明らかにホワイトクリスマスの裏を狙った悪趣味なジョークですが、雪に覆われた狭い町が静かに怯える様子は、物語における陰鬱な雰囲気を効果的に醸し出しています。まさに、『ブラック・クリスマス』です。
 惨劇の跡に残されたカレンダーの傷跡は、さらなる悲劇の発生を予感させます。人手が足りないなか、市長からは突き上げられ、記者からはヒステリックな追求を受け、恐怖する住民から情報を集めるうちに、ダンスモアは心身は疲弊していきます。そんな彼に容赦なく襲い掛かる悲劇の果てにあるものは一体・・・?
 本書は一般にサイコものに分類されるでしょうが、そこで描かれているのは殺人者の心理ではありません。殺人事件に、家族に、そして愛人とによって磨り減っていくダンスモアの心理がねちっこく描かれています。そこが本書の肝です。ですから、犯人が誰かという謎はそれ程大事ではありません。ありませんが、でもやっぱり大事かも(笑)。お世辞にも傑作とは言えませんが、サイコ・スリラーの佳作としてまあまあのオススメ度じゃないかと思います。