大西科学『ジョン平とぼくときみと』GA文庫

 ジョン平シリーズの外伝とも言うべき短編集です。
 『ジョン平とぼくと』シリーズは、「科学」と「魔法」の立場が逆転した世界で、落ちこぼれながらも内向き(前向きに非ず)に生きる主人公・北見重が、「使い魔」である犬のジョン平とともにうだうだと日々を過ごす物語です。
 特筆すべきはシリーズ内の「魔法」に対する概念であり、

 陽素は、太陽の中で起こっている原子核反応によって生み出される。核融合反応の余剰エネルギーの一部が陽素のかたちで放出されるのだ。陽素は太陽光とともに地球までやってきて、日当たりの良い場所に降り積もり、蓄積される。ほとんどの魔法が発動に陽素を必要とするので、一般に魔法は日当たりの良い場所で行うほうが成功率が高い。(p24)

 というように魔法を一つの「物理現象」として配置しています。作中では魔法を唱える際に

「ランドセル。かえで。ろうそく。ぶどう酒。くじら」(『ジョン平とぼくと』p16)

 など関連性の無い複数のキーワードを発することで(脳内にキーワードをイメージすることで)化学反応を起こし、「魔法」という現象が起こる、というわけです。
 まあ詳しくは本編である3作を読んでいただくことにして、本作は作中の各登場人物をクローズアップした6編の短編集になります。
【ジョン平とひとつの指輪】はGA文庫公式サイトの専用ページで本編のパイロット版として連載された作品です。クラスメイトが無くした指輪を探す話ですが、各キャラの立ち位置や魔法についてなど分かりやすく書かれており、短編集の序章として申し分ない一作です。イヤイヤ探偵役をやる北見が良い味を出しています。
【ジョン平と地下室の幽霊】は【ジョン平とひとつの指輪】と同じく「日常の謎」に近い作品です。北見の友人・小木津が話す学校の地下室に出没する幽霊。その後立て続けに生徒の「靴」が無くなります。はたして幽霊の仕業なのか?というお話。物語を支える世界観がしっかりしているため、解決編も含め巧くまとまっています。
【雨の日の三葉は】は『ジョン平と去っていった猫』の後日譚であり、三葉と相棒オーランジェが遭遇した、とある老婦人との出来事を描きます。兵器として力を与えられた彼女は幸せになれるのか?本作でその結論は出ませんが、一つの「未来」を見た気がします。
【寧先生と返ってきた財布】は魔法捜査官・榎戸寧先生の日常です。ストレス溜まりそうなキャラなのですが案の定ストレスが溜まっているみたいで、不憫萌えの人にはたまらないキャラでしょう(笑)。
タンスターフルの食卓】は鈴音の使い魔、トルバディンが主人公です。文化祭で発表される演劇部の公演「タンスターフルの食卓」を成功させるためにトルバティンが取った秘策とは・・・というお話。「ジョン平」シリーズの面白さとして、多士済々な使い魔が挙げられると思います。彼ら(彼女ら)は特殊能力を持つ、言わば「スタンド」のようなものですが、それぞれが人格を持ち、ときに飼い主に反抗し、ときに飼い主を諫めるというかけがえの無いパートナーです。使い魔の目から見た主人公たちの世界というのが新鮮でした。
【クスクスは夕陽を浴びて】は本短編集の中での白眉です。主人公は図書部に所属するとある女子生徒なのですが、相変わらずの「文系描写」が胸に突き刺さります。もともと、主人公である北見重は引っ込み思案で内にこもって落ちこぼれてて、女の子と話すときは緊張して、それでいて自意識だけは人一倍過剰という(元)文系少年としてはピンポイントに「北見重はオレだ、オレなんだよ、ブチャラティッ!」なキャラだったのですが、物語が進むにつれ否が応にも物語の中心に引っ張り出されてしまいます。それにつれて彼も成長するのですが、フジモリにとってはその成長が嬉しくもあり、さびしくもあり、という感じでした。本短編では再びセカイの中心から外れた文系少年(←いや、少女ですが)の鬱々とした気持ちが「文化祭が盛り上がっている中、独り寂しく図書室で展示の番をしている」という状況と重なりあい、読むものをイタ気持ちよくさせます。それまでの短編とも巧く絡み合い、ささいな、それでいて楽しい騒ぎを読者も楽しむことが出来ます。とはいうものの、この女子生徒も「物語の主人公」として中心になってしまうわけで、「ごちそうさまでした。ケっ」とフジモリがもの悲しくなってしまったことは余談として余白に記しておきます(笑)。
 後日譚という性質上本編を読まれた方限定となってしまいますが、本編を楽しんだ方には確実にオススメできますし、再びジョン平たちの物語を読みたくなってしまう一冊でした。
【関連】
 ●三軒茶屋本館 フジモリの書評 大西科学「ジョン平とぼくと」GA文庫
 ●大西科学『ジョン平とぼくと』GA文庫 - 三軒茶屋 別館
 ●「ジョン平とぼくと」についてもう少し語ってみる
 ●『ジョン平とぼくと』『ジョン平と去っていった猫』使い魔メモ(ネタバレ注意)
 ●大西科学『ジョン平とぼくらの世界』GA文庫 - 三軒茶屋 別館



 余談ですが、元TRPGオタとしては「ジョン平シリーズ」を読んで「ジョン平TRPGつくれんじゃね?」と思ってしまいます。*1使い魔システム(使い魔の種類、能力、性格をランダムに決定)と魔法成功率(日当たりのよさが関係)、能力値は筋力、体力、知力、容姿、魔法力の5つぐらいにしときましょうか。誰か作ってくれないかなぁ(笑)

*1:それほどしっかりした世界観なのです