『〈本の姫〉は謳う 1』(多崎礼/C☆NOVELS)

“本の姫”は謳う〈1〉 (C・NOVELSファンタジア)

“本の姫”は謳う〈1〉 (C・NOVELSファンタジア)

 「滅日」によって大陸中に散らばった文字〈スペル〉。少年アンガスは文字を回収するために〈本の姫〉と旅を続けている。失われた姫の記憶を取り戻すために。そして、世界を災いから救うために。といったお話です。
 全4冊の予定の1冊目ということですからまだまだ分からないことが多いので評価は保留です。ただ、読書好きとして、こうしたビブリオマニアな設定には否応なく惹かれてしまうのが悔しいです(笑)。
 この世界に現存する本はすべて、かつて繁栄した天使族によって作られたものです。ですから、本は時が経つごとに壊れ、失われていくことになります。ゆえに、完本はとても高価なものとされていますし、ページが切れ切れでも人は本を読もうとします。そこで活躍するのが修繕屋です。足りないページを集めてはつなぎ合わせ、欠けている箇所は「スタンプ」で補修して一冊の本として整えるのを生業とする仕事です。この物語の本は、単なる文字の羅列ではありません。スタンダップの呪文を唱えて本を開いた読み手には、その本から映像や音声が立ち上がります。私たちの世界でいうところの映画に近い存在です(もっと精巧なものですが)。アンガスは、〈本の姫〉の文字を回収するかたわらで、天使族の遺跡から本やページを採掘して生活費などを稼いでいます。
 「スタンプ」というのは、天使族の遺産である本の技術を研究することで人類が獲得した技術です。仕組み自体は本と同じですが、視覚にしか作用しませんし、それによって受けるイメージにも個人差があります。例えば、本に『母親』と描かれていた場合には、誰の眼にも同じ姿をした、その本の物語内においてもっとも相応しい存在である「母親」のイメージが立ち上がってきます。ところがスタンプだと、各人がイメージする母親像が立ち上がってきます。こうしたスタンプの技術をより高度なものにしたのが、主人公アンガスの師匠であるエイドリアンです。彼女は、それまでは横方向にしか書かれていなかったスタンプコードを、縦にも斜めにも書くことでより多くの情報を1枚の紙に載せる技術を開発したのです。つまり、こういうことですね(こういうのもあります・笑)。
 人格を持った本が失われた文字を回収するという設定は、『斬魔大聖デモンベイン』を髣髴とさせるものがあります。ただ、『デモンベイン』で回収するのは紙片・ページですが、本書の場合はページに書かれているべき文字〈スペル〉です。『デモンベイン』のアル・アジフネクロノミコン(死霊秘法)ですが、〈本の姫〉の文字がすべて揃ったとき、そこにはどのようなお姫さまが姿を現すのでしょうね。
 本書の物語は、アンガスを主人公とした三人称語りと並列して「俺」という天使による一人称語りが挿み込まれています。二つの物語がどういう関係にあるのかは今のところ不明です*1
 天使族には名前がありません。ですから、「俺」の物語が俺の一人称で語られるのはもっとも自然な視点なのです。思想統一された精神ネットワークでの交流によって天使族の社会は成り立っています。天使族の中でも飛びぬけた精神感応能力を持ち、しかしながら反抗的な態度を崩さなかった「俺」は何度も隔離部屋に送られ、ネットワークへの接続も拒否されます。
 マニアックな本を引き合いに出すのは恐縮ですが、これとは真逆の設定として思い付くのが『禁じられた惑星』*2ロバート・シルヴァーバーグ創元推理文庫)です。『禁じられた惑星』では、「わたし」といった一人称を用いることが厳しく制限されています。自分について過度に語ることは、取りも直さず自惚れと自己憐憫と自己腐敗の元とされているのが『禁じられた惑星』の中で生きる人物たちの文化です。だからこそ、そんな社会から脱落することになってしまった主人公キノールは、「わたし」という一人称を使いまくって自叙伝を書いた、という設定で読者へ物語が届けられます。
 本書の天使族の社会では孤独であることは罰ですが、『禁じられた惑星』では孤独であることは罪です。天使族の社会は名前を認めませんし、『禁じられた惑星』は一人称を認めません。しかしながら、両者とも全体主義的な社会秩序の維持という方向性は同じです。全体主義個人主義との関係を考える上で、両者の相違点・共通点は非常に興味深いです。
 1冊目なので何とも言い難い、という留保付の感想ですが、アンガスにネタが多すぎじゃね?(笑) 白い髪に青い目という『天使還り』と呼ばれる派手な容姿、隠れた片目、謎に満ちた過去、自分のものではない記憶『物知りアザゼル』などなど。魅力的な主人公にしたかったのは分かりますが、あまりに主人公にかかる物語の比重が大きすぎて、他の登場人物たちを生かすのが大変じゃないかと思います(〈本の姫〉には存在感が感じられますから、これはこれでいいのかもしれませんが)。デビュー作『煌夜祭(プチ書評)』において、そこらのミステリ作品もびっくりの構成力を見せてくれた著者ですから、こうした被り気味のネタについてもシンプルな解答が提示されることを期待しつつ、続きを待ちたいと思います。
禁じられた惑星 (創元SF文庫)

禁じられた惑星 (創元SF文庫)

*1:予想は何となくついてます。ただ、それを書いてもし当たってたら野暮ですし、外してたら恥ずかしいです。どっちにしても損なので黙ってるのが吉でしょう(笑)。

*2:こんな風に紹介しますと興味を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、一人称が禁止されている文化というアイデアは面白いのでそれは評価しています。ただ、トータルとしては正直オススメできません。というのも、『禁じられた惑星』の物語は、途中からドラッグ小説に変わってしまいまして、文化的な考察がどっかに追いやられてしまうのです。興味津々な始まりだっただけに、この展開にはガッカリしました。しかもドラッグ小説としては極めて凡庸ですし……。当時のアメリカ社会とか厳格なキリスト教文化とかが背景にあるのは分かりますし、それ自体は別に嫌いじゃないのですが……。