古野まほろ『天帝の愛でたまう孤島』講談社ノベルス

天帝の愛でたまう孤島 (講談社ノベルス)

天帝の愛でたまう孤島 (講談社ノベルス)

 名門勁草館高校・吹奏楽部と生徒会の面々は、子爵令嬢修野まりの誘いで、孤島にそびえる「天愛館」で優雅なバカンスを過ごすはずだった。しかし次々とメンバーが姿を消し、連続密室殺人劇の幕が上がる。
 犯人は血に飢えた死神仮面!? 
 事件の謎を追う古野まほろに突きつけられた、過酷な真実とは……!?

 『天帝のはしたなき果実』があまりにも過剰装飾過ぎてアレだったのですが、次作『天帝のつかわせる御矢』は意外と面白く、さて今作はどんなんかな?と期待して読んだのですが、なるほど、こうきたか、という感じで面白かったです。
 外部と連絡が取れない孤島で一人、また一人と人が死んでいくといういわゆる「クローズド・サークル」ものなのですが、表紙折り返しの大森望の推薦文にもあるとおり、古今東西の「クローズド・サークル」ものを踏まえたうえで、さらに「現代の」クローズド・サークルものを構築しようという作者の試みが感じられます。
 「現代の」と強調しましたが、クローズド・サークルものを現代で実現するに当たり、これまでの作品と異なる点がニ点あります。
 一つ目は、「物理的に」クローズドサークルが作りにくいこと。なぜ「クローズド・サークル」を作るのかといえば、殺人者が外部(主に警察)の介入を防ぎたいからでありますが、携帯電話など通信のインフラが整備されている環境で、「外部と連絡が取れない」場所といえば限られてきます。その限られた環境でもそのうち通信する手段が発達してしまうと、「クローズド」が「クローズド」でなくなってしまいます。その環境を打破するためにどうするか。ぱっと思い浮かぶものとしては、物語の舞台を「現代」と切り離すこと。時代設定を過去を舞台にする、携帯電話が無い「世界」を構築する、などなど。『天帝シリーズ』の舞台では設定は現代でありながらも登場人物が携帯電話を持っていませんのでこれに該当します。面白い試みだと思ったのは米澤穂信インシテミル』のように「意図的にクローズド・サークルを作る」こと。これまで偶発的に作成されていた「クローズド・サークル」を人工的に構築しているわけです。この「物語内で人工的に物語を構築する」という考え方自体は目新しいものではないですが、『インシテミル』は読者に「作り物感」を与えずに物語にひきこんでいると思います。
 二つ目は「クローズド・サークル」内で事件に巻き込まれる登場人物の位置づけです。アガサ・クリスティそして誰もいなくなった』では無知なる被害者が集い、綾辻行人十角館の殺人』では推理研のメンバという、『そして誰もいなくなった』など「クローズド・サークルもの」を知っていながらも無知なる被害者として事件に巻き込まれます。一方、『天帝の愛でたまう孤島』では、主人公古野まほろや同行している生徒会のメンバが、『そして誰もいなくなった』『十角館の殺人』という「クローズド・サークルもの」の「お約束」を「知っていながら」も事件に巻き込まれます。

僕は誤解していた。
吹雪の山荘で全員が密集陣形を採らないのは、誰かが莫迦だからだとばっかり思っていた。
違うのだ。
吹雪の山荘で全員が密集陣形を採らないのは、探偵が生き残るためなのだ。(p248)

 「クローズド・サークル」のお約束を踏まえたうえで行動し、それでも殺人事件は止められない。まさに『そして誰もいなくなった』『十角館の殺人』を経た「ボクら」が居る「現代」での「クローズド・サークル」のひとつの形だと思います。(余談ですが、『インシテミル』もこれに近いものがあります)
 実際、『天帝の愛でたまう孤島』では探偵役が古今東西の「クローズド・サークル」を分類し「今後どんな展開が起こるか?」を類推、最後の結末まで推測します。
 そう、この作品では、探偵役が「探偵する」のではなく、過去の推理小説の事例から「検索する」のです。大森望の推薦文で本作を「参照型ミステリ」と称していますが、言い得て妙という気がします。
 こういった試みが成功しているか失敗しているかは読まれた方の判断にお任せしますが、フジモリはこういうチャレンジ精神は好きですし、不条理に逃げることなく「物語を纏めた」ことも含め、楽しく読むことが出来ました。
 何度も繰り返して恐縮ですが『天帝のはしたなき果実』が過剰装飾過ぎて読者を選ぶ感はありますが、これを乗り越えた読者であるならば残り2作にも満足できるのではないかと思います。
 まあ、フジモリのミステリ読書量はたかがしれてますんで「もうすでにそういった作品があるよ!」と思われましたらご容赦ください。
 ホントはこの3部作での「仕掛け」についてもう少し語りたかったのですが、それはまた別の機会に。

インシテミル

インシテミル

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