『そばかすのフィギュア』(菅浩江/ハヤカワ文庫)

そばかすのフィギュア (ハヤカワ文庫 JA ス 1-4)

そばかすのフィギュア (ハヤカワ文庫 JA ス 1-4)

 菅浩江がデビューした1981年から1993年までの初期作品短編集です。以前、『雨の檻』というタイトルで出版されていたものに「月かげの古謡」が追加され全8篇収録で復刊されました。古本屋に足繁く通って『雨の檻』を苦労して入手したのも懐かしい思い出です(泣いてないよ)。「『雨の檻』を持ってる人は買わなくていいよ」と言いたいところですが「月かげの古謡」が傑作なので、残念ながら買わなきゃいけないことをお伝えしなければなりません(笑)。
 〈雨の檻〉は、復刊前のタイトル作だけあって傑作です。ネタバレしたくないので踏み込んだことが言えないのですが、「雨の檻」には「涙の檻」という意味もあるのでしょうね。
 〈カーマイン・レッド〉ピイ・シリーズと呼ばれる高度な知能を持つ人型ロボットという菅浩江お得意のガジェットが用いられている作品です。ロボットを登場させることで、感情とは何か? といったことが描かれているわけですが、芸術(このケースだと絵画)とは何か? といった問題提起にもっと踏み込んで欲しかったような気もしたりしなかったりです。
 〈セピアの迷彩〉はクローンをテーマにした作品ですが、オリジナルではなくクローンが主人公になってるのがちょっとレアかも。オリジナルとクローンとの関係は親子のようでもあり姉妹のようでもあり、しかしそのどれでもないという微妙な関係が描かれています。
 〈そばかすのフィギュア〉は表題作だけあってやはり傑作です。フィギュア作成の過程にはオタク心をくすぐられるものがありますが(笑)、主人公とフィギュアとの関係は、作者と小説の関係に似ているなぁ、などとメタな読み方をしてしまうのは無粋なのでしょうね。
 〈カトレアの真実〉はクオリティは高いですが微妙な内容でコメントに苦しみます。今風の言葉で言えば、ヤンデレツンデレ(しかもデレなし)は相性最悪、などと雰囲気台無しのことを言ってみたり。あなたも読んで苦虫を噛んだような気持ちになればいいと思うよ(笑)。
 〈お夏 清十郎〉は、本書収録作の白眉だと思います。〈カーマイン・レッド〉は、機械に人間のような絵が描けるのか? 描けるわけねーだろ。というお話でした。つまり、機械の人間化という問題でした。本作の場合、時間遡行能力と脳波測定の組み合わせによって伝統芸能がデジタルに記録され、一部の能力者にはそれがダウンロードされて正確に再現できるようになってます。無形文化財が無形のまま保存されちゃうようになってます。つまり、人間の機械化というピイ・シリーズとは反対のアプローチから芸術における人間性の危機とその中にあっての可能性が描かれています。
 最近、ネットで初音ミク(参考:Wikipedia)という音声合成システムが話題になってます。クオリティの高い楽曲が動画共有サービスなどで公開されてるのですが、ホントに凄いですよね。ただ、冷静に聴くとやっぱり人間の方が上手いので、ネタとしては感服しきりですが芸術性という面では初音ミク自体はそれほどの脅威ではありません。ただ、初音ミクが示すその先の可能性には正直恐ろしさを感じています。例え面識がなかったとしても声が印象に残ってる歌手さんが亡くなると悲しいものです。その歌声が二度と聴けないかと思うと寂しいです。ところが初音ミクは「死後もその歌手の新曲が聴ける」未来を明示しちゃってます。それでも、人は歌い続けることができるのか? 芸道を高めることができるのか?
 本作だと歌舞伎がメインテーマになってますが、日本舞踊正派若柳流名取である作者の本領が発揮されてます。迫真の描写に凄みを感じる一品です。
 〈ブルー・フライト〉は作者が17歳の頃に書いたデビュー作です。試験管ベビーに遺伝子操作というガン種みたいな設定ですが、ガン種よりも格段に深いです(笑)。若書きなのでこなれていない表現とかもあるのですが、テーマがハッキリしてて熱いです。受験とかを控えた17歳くらいの方が読むと共感度が高いことは間違いないですが、展開が展開だけにオススメしにくい気もしたりしなかったりです。
 〈月かげの古謡〉は新たに収録された作品ですが、ラストを飾るに相応しいです。この余韻こそまさに菅浩江だと思います。

 ロボットやクローンなど、何が真実で何が嘘なのか分からないような世界が舞台になってる作品ばかりです。そうした世界にあって、自分自身の中に芽生えた気持ち・感動は本物で、それを大切にすることで自分なりの真実を生み出すことができる、といったテーマが全体的に感じられる傑作集です。オススメです。

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

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