『街の灯』(北村薫/文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

 昭和7年を舞台に、社長令嬢の花村英子と若き女性運転手のベッキーさんが様々な謎を推理していくシリーズの第1作です。2作目の『玻璃の天』が第137回直木賞候補最有力作品ということで、積読本だったのを慌てて掘り起こして読みました(笑)。
 『虚栄の市』、『銀座八丁』、『街の灯』の3作品が収録されています。本書の魅力・特徴については巻末の貫井徳郎の解説にて過不足なく語られているのでそちらをお読み下されば十分でしょう(笑)。それでも懲りずに語るとすれば、やはり昭和7年という設定が、現実離れした上品なお嬢様という主人公の性格を現実的なものにしてますし、上流階級の人物の関わる事件なら警察権力の介入による事件解決も防げるし、本格ミステリとしていろいろと便利ですよね。それでいて、そんな時代背景を本格ミステリとしての単なる設定としてではなくてシッカリと描くことで、時代小説としても楽しめる作品に仕上がってます。探偵小説的にはやはり英子とベッキーさんの関係が特徴的で、探偵役にワトソン役といったお約束的記号化とは異なる関係なのが面白いです。主人公である英子の成長を見守りつつ、まだまだ謎の多いキャラであるベッキーさんの正体にも興味が沸きますし、そうしたキャラクタの魅力がシリーズものとしての期待感をあおってくれるので続きが楽しみです。
 各話ごとの本格ミステリ的な趣向については、やはり解説で適度に触れられていますからノーコメントということで(笑)。ただ、表題作にもなっている『街の灯』は、てっきりクイーンの『神の灯』と何か関係があるのかな? と勝手に想像して前もって読んどいたらまったく関係なくてションボリでした(もっとも、同じミステリですから無理に関連付けようと思えばできなくもないですし、広く見ればトリックに共通性を見出すこともできますが)。あえて類似作を挙げるとすれば、フィルム映写中の事件ということでカーの『緑のカプセルの謎』が思い浮かびますが、まあ、別ものですね。北村薫特有の衒学主義はやはり本書でも見られますのでどうしても深読み・裏読みをしてしまいがちなのですが、度が過ぎると物語を素直に楽しむことができなくなるので考えものですね(苦笑)。
 詰め将棋というのは、余分な駒は使わないんでしょう(p252より)と、事件を詰め将棋に例える下りがあるのですが、これは言い得て妙だと思いました。余分な駒が使われている詰め将棋のことを、専門用語では”駒余り”と言います。また、詰みのない作品のことを”不詰め”、正解以外に詰みがある作品のことを”余詰め”と呼び、これらの作品は詰め将棋としてはいずれも不完全なものとされています。これが実戦の将棋だと、詰みそうだと思った局面でも詰まなかったりしますし、仮にスマートな詰みを逃しても最終的に勝てれば問題ないですし、読みの邪魔になる役に立たない駒だって存在します。そうした意味で、正解の存在が約束されている詰め将棋と実戦とでは、似ているようで微妙に異なります。本格ミステリにもそれと同じことが言えるでしょう。もちろん、だからこそ読んで面白いのですけどね。
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