『銀河英雄伝説3 雌伏篇』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈3〉雌伏篇 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈3〉雌伏篇 (創元SF文庫)

 雌伏篇という副題ではありますが、ラインハルトとヤンの直接対決がないというだけで、物語としては派手なエピソードが盛り込まれています。イゼルローン要塞対ガイエスブルグ要塞! ともにずば抜けた破壊力の主砲を持ち、超強硬な装甲に覆われた要塞同士の激突というのは、戦略的要素で決着することの多い銀河英雄伝説内の戦争において、ほぼ互角の戦力同士がぶつかり合う戦術的な面白さが凝縮した死闘です。もっとも、互角なだけに決定打を与えるのは難しくて、映像的には派手でも物語的には意外と地味だったりします。そんな戦いでも最後にはヤン(とユリアン)に美味しいところを持っていかせるストーリー運びは巧みだと思います。ただ、この戦いのラインハルトは結構酷い奴といいますか、無名の師なのは別に構わないと思うのですが、そんないいアイデアがあるんなら最初からケンプに教えとけばいいじゃん、と思ったのは私だけじゃないでしょう(笑)。
 このシリーズは政治的あるいは戦略的な要素の強い(というかその先駆けとなった)戦記ものなので、とかく戦争がボードゲームみたいになりがちで、戦術的レベルでの事象、すなわち実際の兵士が命を賭けて戦ってる描写が、ともすれば疎かになりがちです。そうした要素も、ユリアンの初陣によって十二分に補強されているのがまた巧みです。本書の解説でも、戦記ものに”戦略”の概念を導入したことに対しての著者の功績が語られてますが、そうした斬新な要素を打ち出しながらも、従来どおりに押さえるべきところは押さえていて、ミクロからマクロまで、幾層にも渡って歴史というものが描かれているところがこのシリーズの何よりの魅力でしょう。
 本書では帝国と同盟内のそれぞれにおける三角関係がテーマとなっています。帝国内においては、ラインハルトと旧王朝と同盟。同盟内においては、ヤンとトリューニヒト派と帝国。どちらにおいても現時点では微妙な力関係のもとに二つの国家はまとまっています。もっとも、ラインハルトにしてみれば微温の平和など真っ平ゴメンなわけで、どこかでその関係を崩すことを常に狙っています。それが銀河統一の野望のために唯一の道ですし、またキルヒアイスを失ってしまった彼の孤独・飢えを満たすための唯一の手段なのです。国家政策と彼自身の存在意義との二つの理由から、ラインハルトには敵が必要なのです。
 一方、彼の好敵手であるヤンも敵を必要としているのですが、その事情はまったく異なります。トリューニヒト派は圧倒的な軍才・功績・知名度を持つヤンが疎ましくて疎ましくて仕方がなくて、彼の存在が心底邪魔なのですが、帝国という強大な外敵がヤンを排除することを許してくれません。ラインハルトとは正反対のネガティブな理由で、ヤンはラインハルトの存在を必要としています。理性的な敵軍は愚昧な友軍より賞賛に値する『涼宮ハルヒの分裂』p170より)をまさに地でいく展開です(笑)。
 帝国と同盟だけでなく、本書からもう一つの勢力である商業国家フェザーンもついに策動を開始します。潤沢な資金に切れ者の領主、そして怪しげな地球教との関係。国家経済を破綻させて乗っ取るというやり方はとても戦記ものとは思えませんが(笑)、しかしとても合理的で斬新です。これが実現してたらそれはそれで面白そうではありますが、しかし物語はより苛烈な戦いを求めて加速していきます。策謀うごめく中において、真に自らの野望を実現することができるのは果たして誰か? それは次巻『策謀篇』で明らかになるわけですが、次が出るのが2ヵ月後って、未読の方にはかなり酷じゃないかと思います(笑)。
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