『屍竜戦記』(片理誠/トクマ・ノベルズEdge)

屍竜戦記 (トクマ・ノベルズedge)

屍竜戦記 (トクマ・ノベルズedge)

 本書に登場する竜は、いかにも竜といった存在です。巨体でありながらも俊敏な動きで、長い尾と強靭な四肢は破壊力抜群です。鋭い爪はあらゆるものを突き刺し、その牙は人間を容赦なく噛み砕きます。体は頑丈な鱗で全身覆われていて、人間の武器や魔法などものともしません。さらには背中に生えている翼で空を飛ぶこともできますし、竜息と呼ばれるその吐息は固体によって炎・雷・冷気と種類は様々ながらも、そんな強力な遠距離攻撃の手段まで持ってます。性格は凶暴にして冷徹。まさに人類にとって最凶最悪の存在です。物語におけるファンタジー世界も多様化していますので、ときに軟派な竜も見受けられますが、やはり竜はこうでなくちゃいけないと思います(笑)。
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(以下、長々と。)
 そんな強大な存在である竜と戦う方法は一つしかありません。禁断の魔法である『屍霊術』、すなわち屍を操る魔術によって屍竜を操り、生きている竜と戦うのです。本書の主人公であるヴィンクもそんな屍竜使いの一人です。幼い頃に両親や故郷の人間を皆殺しにした竜に復讐するために、彼は屍竜使いになりました。通常のファンタジー世界なら悪役間違いなしのネクロマンシーが主人公というのも珍しいのですが、無敵の存在と互角に渡り合うための手段としての呪術なので、決して日陰の存在ではありません。人類の存亡を賭けたガチンコバトルです。もっとも、屍竜はただでさえ操るのに特殊な才能と厳しい修練が必要で、それでも魂の消滅の危険があるのに加え、仮に同化して操ることに成功したとしてもその竜は生きていた頃に比べて7割程度の力しか発揮することができません。したがって、個体差はあれど基本的には1対1で戦っても勝ち目はありません。局地的にでも2対1以上の数的優位の局面を作って戦うことが重要になります。屍竜使いには戦術面における優秀さも大事ですが、それよりも戦略面における協調性が求められます。
 屍竜は、当たり前ですが死体なのでダメージを受けたら自然に治癒することはありませんし、時間が経つとどうしても腐敗していきます。そうした点でも生きた竜との戦いでは苦戦を強いられるのですが、勝って新たな竜の死体を手に入れることができれば、それを新たな戦力に組み入れることができるので、長期戦になっても希望がないわけではありません。敵である存在を味方にすることでその敵と渡り合うという戦い方には、ジャック・ヴァンスの『竜を駆る種族』を髣髴とさせるものがあります。
竜を駆る種族 (ハヤカワ文庫SF)

竜を駆る種族 (ハヤカワ文庫SF)

実を言いますと、戦い方だけでなく他にも大事なところで共通する点があるのですが(ごにょごにょ)。
 ということで、本書はそんな竜と屍竜との死闘が一番の読みどころではあるのですが、他にも読みどころはたくさんあります。カトリックプロテスタントにおけるキリスト教宗派間の対立を思わせる真と汎のヴァ・シ・ド教間の対立と、宗教と国家間の対立、国内における権力闘争など、竜という圧倒的な存在を前にしてもなお人類は一枚岩になることができません。屍竜を維持するのにも莫大な予算が必要になりますし、戦意を維持するためには論功行賞も大事です。お約束ではありますが国王とそのとりまきは馬鹿ばかりです。そうした政治的な足の引っ張り合いとも屍竜使いは戦わなければなりません。さらには、そんな政治的なイザコザがピークに達した途端に殺人事件まで発生します。この殺人事件が通常の手段ではない”密室”状況下での殺人であることがまた屍竜使いたちを悩ませます。それに、屍竜使いたちが竜を操る手法は確かにネクロマンシーの一種としてファンタジー的ではあるのですが、水晶を互いの額にはめ込んで脳のある部分に作用させるといった具体的なところまで掘り下げていきますと、いかにもSFチックなものです。瑣末な事象とスケールの壮大さとが共に大切に描かれているとても濃密な物語です。
 ですから、あくまでも竜と屍竜とのバトルが一番の読みどころではあるのですが、それを起点とした他の諸要素もたっぷりと描かれているために、ファンタジー読みのみならず、政治的な駆け引きやミステリやSFが好きな人間にも楽しめるようなハイブリッドな内容になっています。
 ファンタジーといっても、やんわりほんわかとしたものでは決してありません。屍に乗り移るというその殺伐とした戦い方はただでさえ術者の精神を苛みますし、ダイナミックな戦いの足元ではたくさんの人間が死んでいきます。戦いの中で仲間たちは次々と失われていきますし、にもかかわらず周囲の状況は一向に好転しません。それでも屍竜使いは戦い続けなければなりません。そんな戦いの先にあるものは果たして……。希望があるのかないのかよく分からないこの結末を一言で表現することは私にはできませんが、これしかないと言われればそうなのかもしれません。重厚なファンタジーを読みたい方にはオススメです。