『百万のマルコ』(柳広司/創元推理文庫)

百万のマルコ (創元推理文庫)

百万のマルコ (創元推理文庫)

 ここでの”百万”とは、”ホラふき”という意味です。深町真理子の解説によれば、和伊辞典のmilioneには嘘という意味がちゃんと載っているらしいです。
 ジェノヴァの牢の中で新入りの囚人”百万のマルコ”が不思議な物語を語り、それを他の囚人たちが、あーでもないこーでもない、と推理し合い、最後にマルコが真実を告げる、というスタイルで13の短編が収録されています。1話平均21ページですので、気楽にさくさく読めます。しかも、東京創元社名物の連作短編になっておりますので、最後にはちょっとした仕掛けが待っています(予想はできますが)。
(以下、長々と。)
 マルコというのは、東方見聞録で有名なマルコ・ポーロのことです。ということで、本書でのマルコの語りは東方見聞録をもとにした題材のはず、なのですが、深町解説によれば必ずしもそうではないみたいです。ま、クレタ人の嘘とか聞いたことがあるネタも混じってたしさもありなんとは思ってました。そこはあまり気にしない方がいいみたいですね。ただ、そうした小ネタを現代を舞台に小説にしても新味はまったくありませんが、時代と舞台を変えれば立派に通用するわけで、アイデアよりもその活かし方が秀逸な短編集であると思います。推理ゲームになりがちなアイデアでも、しっかりとしたフォーマットに組み入れれば小説になるんだよ、ということの見本みたいな短編集です。一話一話の安定感は抜群なので、時間の合間に読むには最適の本だと思います。
(ちなみに、二人で一つのもの(例えばパン)を半分に分ける場合に二人が納得する方法として、まず一人が丁度半分だと思う大きさに分けた上でもう一人が好きな方を選ぶ、という割と有名なやり方があります。これの元ネタが何かご存知の方はいらっしゃらないでしょうか? よく聞く方法ではあるのですが、元々の由来がすごい気になってます。教えていただければとても嬉しいです。)
 柳広司という作家は、『饗宴 ソクラテス最後の事件(プチ書評)』もそうでしたが、史実を換骨奪胎して独自の物語を作り上げることに非常に長けた作家です。オリジナルの人物を作るのが苦手なのかな? とか意地悪なことを思ったりもするのですが(笑)、しかし、その腕前は毎度毎度見事なものです。本書の場合はマルコ・ポーロに東方見聞録なわけですが、そこで語られるお話自体は嘘か真か怪しいものばかりです。そんなマルコの姿は、なんとなく著者である柳広司自身の姿にダブって見えてきます。あるいは、ルスティケロ(→Wikipedia)にその姿を見るべきでしょうか? いずれにしても、語りにして騙りの達人・柳広司の今後の活躍にますます目が離せません。注目です。