『影踏み』(横山秀夫/祥伝社文庫)

 人が寝静まった深夜などに住宅に忍び込む侵入盗のことをノビ師というそうですが、そんなノビ師が主人公の連作短編集です。一応、アルセーヌ・ルパンみたいな怪盗が活躍する系譜の犯罪小説ということになるのでしょう。しかし、普通の怪盗小説だったら怪盗は派手に華やかに活躍し読んでてワクワクする気分になるわけですが、それも横山秀夫にかかれば地に足がつきすぎて離れないくらいに重い重い作品になってしまいます(笑)。憧れる余地の一切ない怪盗小説というのもとてもレアですし、そんな主人公である真壁修一の生き方はハードボイルドでもあります。
 正直、『陰の季節(書評)』『第三の時効(書評)』といった短編集や、書評したいと思いつつ放置プレイになってしまっている『クライマーズ・ハイ(プチ書評)』などと比べると少々落ちるとは思いますが、そんな風に感じるのも私が横山秀夫に高いレベルを求めすぎているからだと思います。登場人物たちの背負っているものは重くて読んでて滅入るのですが、各短編で用意されている謎とその回答はとても洒落てて、そのギャップがたまらないと言えばたまらないですね。
 主人公である真壁修一の頭(心)の中に、死んでしまった啓二という双子の弟の人格が居座ってて、本来なら修一の視点のみであるにもかかわらず啓二の視点からも物語が語られることになるという特殊な構図になってます。ひとつの固定した視点で語られることが望まれるハードボイルドですが、本書ではちょっとした抜け道があるわけです。寡黙で他者を寄せ付けない修一の心の内を描くためにはもってこいの設定ですが、一方で横山秀夫がこのようなファンタジックな設定を用いたことがかなり意外でもありました。修一は、成仏しきれない啓二の霊が自分の心の中に住み付いている、と解釈することで啓二と付き合ってますが、私は読んでて犯罪者が主人公ということもあって殊能将之『ハサミ男(ネタバレ書評)』を連想せずにはいられませんでした。
(以下、ネタバレ伏字)
 つまりは多重人格ですね。家族を失い孤独を恐れた修一が作り出した人格が啓二なのではないのかと。だからこそ、久子と一緒になることを決意したことで啓二の役割は終わったんじゃないかと。どちらと考えるかでラストシーンで語られる啓二の死の真相の意味がちょっとだけ変わってきます。霊だとすれば啓二の告白ということになりますが、多重人格だとすれば結局は修一の推理であるということになります。ま、所詮は根拠薄弱な戯言なので、あまり気にしないで下さいませませ(笑)。

 ミステリとしては立派に成立してますし、それなりのカタルシスがあるはずなのですが、実際のところストーリーが重過ぎて爽快感がまったくありません。オビや紹介文では”切ない”と表現されてますが、ちょっと違うんじゃないかと思います。正直凹みました。エンタメ性に欠けることは否めません。ま、横山秀夫にそれを求めるのがそもそも間違いなのでしょうが(笑)、何しろ、主人公を始め登場人物のほとんどが日陰の住人なので……。ダウナー系の本が読みたい方には割りとオススメだと思います。

影踏み (祥伝社文庫)

影踏み (祥伝社文庫)