『仙山線殺人事件』(津村秀介/ジョイ・ノベルス)

 ジョイ・ノベルスの2007年1月の新刊ではありますが、そもそもの初刊は1985年(廣済堂ブルーブックス)です。少々古いものでして、当然ながら携帯電話などありゃしません。その辺りのことは頭に入れておく必要があります。
 実のところ、アイヨシはトラベル・ミステリーが大の苦手です。鉄道ヲタじゃあるまいし(ひゃーゴメンナサイ)時間表なんて興味ねーよ、ってミステリヲタには言われたくねーよ、ってな理由からあんまり読む気がしないんですよね。
 で、本書はいかにもトラベル・ミステリーなのですが、なぜアイヨシが本書を買ったのかと言えば、それは表紙絵に釣られたからです。表紙絵に大きく描かれた将棋の駒・王と飛車。さらにあらすじを見ると、そこには真剣師たちの将棋大会、って書いてあります。これはひょっとしたら将棋ミステリじゃないかしら? ということで冒険したくなったわけです。
 で、結論からすると、思ってた以上に将棋ミステリでした。
 いや、基本的にはトラベル・ミステリーです。時間表とか乗り換えに時間がどれだけかかるかとか、そういう話がメインです。しかし、そこさえ我慢(?)すれば、あるいは読み飛ばせば(オイオイ)、本書は立派な将棋ミステリです。
 4人の真剣師たちの動向が本書の肝ではありますが、真剣師が登場人物に選ばれた理由はおそらく普通とは違った動機・犯行計画にリアリティを持たせるためのものでして、それなりに意味があります。アリバイを作るためにある人物が後手番で縦歩取り・ひねり飛車という相当無理な指し方をしています。ひねり飛車(参考:Wikipedia)というのは普通は先手番専用の指し方です。作中でも驚かれてますが、私も驚きました。ってゆーか、後手番でひねり飛車ってどうすれば指せるんでしょうね(笑)。もっとも、最近のプロの対局・平成17年1月12日のB級2組順位戦・内藤×先崎戦で、後手の先崎八段がひねり飛車を指してますので、丸っきりない指し方でもないみたいです(結果は先手の勝ちでしたが)。
 電話番号で、26局の8425番という数字が普通に出てきます。これは珍しいです。なぜなら、例え適当に作った番号とは言え、いたずらにかけてみたらつながっちゃった、ってことになったらその電話番号の人に迷惑がかかりますからね。ですから、市外局番が省略されているとは言えこれだけ具体的な番号が出てくるのはレアなのですが、これには理由がちゃんとあります。実はこの番号、後手番でひねり飛車の出だし、つまり▲2六歩△8四歩▲2五歩ってことなのです。これにはニヤリとさせられました。洒落てますね。さらに、この電話番号には実は洒落以上の意味がありましてこれには少々驚きました。なかなかやりますね(それでも、アリバイトリックとしてはちゃちなものだとは思いますが)。
 これに加えて、推理の過程においても将棋になぞらえた思考方法が描かれています。

 将棋の詰め手を読むときと同じだった。可能性の薄い筋から消していき、正解と思われる変化をあとから掘り下げる。(p130より)

 王手の連続で相手方の玉を討ち取る詰め将棋は、一口で言えばパズルだ。パズルとしては世界一高度、かつ美的なものだろうと言われている。
 ○○と××は、詰め将棋を創作するような姿勢で、犯罪計画を練ったというのか。(本書p214より。ただし、○○と××はネタバレになっちゃうので私が手を入れました・笑)

 こんな感じで、正直ダメ元で買った割には意外に将棋ネタが盛り込まれてたのが嬉しい誤算でした。
 もっとも、本書には被害者・容疑者となる真剣師の4人だけでなく、主人公である浦上伸介、そのサポートをする谷田など、将棋を指せる人物が多数登場するにもかかわらず作中で将棋を指すシーンが全然ありません。そのため、将棋そのものの魅力を伝えるのが不十分という将棋ミステリとしては致命的な欠点があります。そこが残念なところでして、もったいなく思います。
 そんなわけで、苦手なトラベル・ミステリーでしたが、意外な程に楽しめました。……いや、おかしな読み方だという自覚はありますけどね(笑)。

仙山線殺人事件 (ジョイ・ノベルス)

仙山線殺人事件 (ジョイ・ノベルス)