『イリーガル・エイリアン』(ロバート・J・ソウヤー/ハヤカワ文庫)

「とにかく、われらが影の陪審はそういうことを感じているようだ――たとえ間違った評決をくだしても、刑務所で朽ち果てるのはどうせ人間ではないと。なんとかハスクを証人席にすわらせて、彼が人間とすこしも変わらず、現実にそこにいて、傷つくこともある存在なのだとわからせることができれば、陪審もこっちの望む判断をくだすかもしれない。だが、なによりも重要なのは、陪審員たちがハスクを好きになるよう仕向けることだ」

 人類とエイリアンとのファーストコンタクト。その最中の殺人事件の発生。容疑者はなんとエイリアン。法廷ミステリとしてもSFとしてもオススメ度の高い傑作です。
 ……てなことを言いつつ白状しますと、実は私、本書を長年にわたって読まず嫌いしておりました。というのも、星新一ショートショートに『なるほど』(新潮文庫かぼちゃの馬車』収録)というのがありまして、これが殺人事件の容疑者が自分のことを宇宙人だと主張する話なのです。とても面白いオチではありますが、ショートショートだから許されるオチでもあります。もしこのオチを長編でやられてたらキツイなぁ、と思うと手をつける勇気がありませんでした。
 しかし、周囲の評価は相変わらずとても高かったので意を決して読んでみましたら幸いにもとても面白かった、というわけです。
 宇宙人を被告とすることには、法廷ミステリとして様々なメリットがあります。宇宙人は地球(アメリカ)の裁判の素人なので、その制度についていちいち疑問を持ちます。その疑問はそのまま読者の疑問でもあるわけで、実に親切な内容になってます。裁判制度の良い点・悪い点の再確認もできます。勿論、宇宙人に対する陪審の偏見を人種差別のメタファとして読むこともできます。
 物語の最初こそファーストコンタクトで始まりますが、その後事件が起きて裁判が始まると、物語は法廷ミステリとして白熱していきますので、SF的な要素などスッカリ忘れてしまいがちです。しかし、それこそが作者の仕掛けた罠なのです。ところどころにさり気なく挿入されているエイリアンであるトソク族の風習・考え方、トソク族が人類をどう見ているか、トソク族の肉体構造、そういったものが実はとんでもない伏線になっていて、そこからさらに意外な真相が待っていて、さらにさらに物語は予想もつかない結末を迎えます。SFとしても法廷ミステリとしても紛れもなく傑作で、ジャンルの枠を超えてオススメすることのできる一冊です。
 ただ、本書単体では不満はまったくないのですが、著者ソウヤーの他の作品との比較では不満があります。(以下、本書と『ゴールデン・フリース』と『ターミナル・エクスペリメント』を既読の方限定のネタバレ)

 『ゴールデン・フリース』も『ターミナル・エクスペリメント』も、単体で読むと実に良くできてます。しかし、比べちゃうとそのワンパターンさ、すなわち、確かに殺したのは悪かったけどそれには理由があったんだよ的な展開は少々食傷気味です。もうちょっと真相にバリエーションがあったら、本書だけでなく他の作品もオススメし易いのですが……。

 ま、本書を読む限りでは全然問題ありませんので、未読の方は是非是非読んで欲しいと思います。

イリーガル・エイリアン (ハヤカワ文庫SF)

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かぼちゃの馬車 (新潮文庫)

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