心地よき合唱マンガ 岩岡ヒサエ『オトノハコ』

オトノハコ (KCデラックス Kiss)

オトノハコ (KCデラックス Kiss)

実写映画化される「土星マンション」の作者・岩岡ヒサエが「合唱部」をテーマに描いた青春マンガです。

あらすじ

 さくら高校に入学した田辺きみは、廃部寸前の弱小合唱部に入部。部の存続をかけて合唱コンクール全国大会を目指す・・・というお話。

合唱マンガ

 「合唱」をテーマとしていますが、これは結構珍しいのかな、と思います。「のだめ」の大ヒットでクラシック音楽に対する垣根は低くなっていますが、合唱はまだまだマイナなジャンルです。「合唱」というと学生の頃に「無理矢理歌わされた」感を持っている人が多いのではないでしょうか。(「読書感想文」と同じく)
 しかし、合唱は器楽と異なり楽器など不要な、誰でも参加できる「音楽」です。
 主人公、田辺きみは普通の女子高生。どこからともなく聞こえてくる歌声に惹かれ合唱部に入部するものの、自身の声に自信が持てず、譜読みもできない素人。物語はそんな彼女の目線で紡がれていきます。

合唱の楽しさ

 田辺が入部した時点では部員はわずか5人。しかし、みんな個性豊かです。
 林部長は合唱にかける熱意は人一倍ですが、その行動は非常に怪しく、森先輩はしっかりしていますがピアニストのホトケこと畠先輩に恋しています。
 同学年の鈴木詔子は中学時代バレー部に所属していたものの腰を痛め退部。しかしながら天性の美声の持ち主で、同じくバレー部のマネージャーをしている壇あさみは彼女の声にコンプレックスを抱いています。
 途中入部する山根ユウも含め、以前たけいが書いたようなパートによる性格分けのようにそれぞれのポジションがはっきりしています。
合唱人間学(たけいVERSION)
 合唱は声が良ければいいというものでもなく、いかに声を合わせるか、と言う点も重視されます。そういう意味で、壇あさみが、声の良い鈴木詔子にコンプレックスを抱きながらも自らの役割を認識し自信を持つようになるところなどはグッときます。
「一人で歌っているのではない」
 だからこその「合唱」なのです。

オススメ

 全1巻とコンパクトにまとまり、甘酸っぱい恋のエッセンスをまぶした青春マンガですが、ほんわかした作者の筆致もあり非常に良い読後感を残します。
 なお、合唱そのものに興味をもたれた方は次の記事も併せてどうぞ。
合唱オタが非オタの彼女に合唱世界を軽く紹介するための10曲

合唱オタが非オタの彼女に合唱世界を軽く紹介するための10曲

アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本
 に触発されて書いてみました。



 まあ、どのくらいの数の合唱オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らない合唱の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、合唱のことを紹介するために
聴かせるべき10曲を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女に合唱を布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う1時間以上の組曲は避けたい。
できれば1曲、長くても数曲にとどめたい。
あと、いくら合唱的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
映画好きが『カリガリ博士』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は

 合唱知識はいわゆる「オペラ」的なものを除けば、「レクイエム」程度は聴いている
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い

という条件で。
まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

三群の混声合唱体とピアノのための「ぼく」 (作曲:三善晃)

 まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「三善以前」を濃縮しきっていて、「三善以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さも23分だし。
 ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
 この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

うた(作曲:武満徹)、白いうた青いうた(作曲:新実徳英

 アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうな合唱曲(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのものという意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「合唱オタとしてはこの曲は“うた”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

白き花鳥図(作曲:多田武彦

 ある種の合唱オタが持ってる男声合唱への憧憬と、テクスト(主に日本の近代詩)のオタ的な考証へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも多田武彦
「童貞的なださカッコよさ」を体現する和声
「童貞的に好みな詩」を体現する北原白秋
の二つをはじめとして、オタ好きのする要素を世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。

月光とピエロ(作曲:清水脩

 たぶんこれを聴いた彼女は「タダタケだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
 多田武彦清水脩の弟子なこと、「合唱組曲」という形式は、清水脩が『月光とピエロ』で世界で初めて使った手法であること、清水脩はカワイ楽譜元社長なこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

混声合唱曲 永訣の朝(作曲:鈴木憲夫)

 「やっぱり合唱は子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「雨ニモマケズ」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかける鈴木の思いが好きだから。
 断腸の思いで削りに削ってそれでも14分、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
 永訣の朝の長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが木下や信長だったらきっちり7分にしてしまうだろうとも思う。
なのに、14分を作ってしまう、というあたり、どうしても「自分の曲を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえ鈴木がそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

男声合唱曲『御誦』(作曲:大島ミチル

 今の若年層で御誦聴いたことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
 アニメ・映画音楽よりも前の段階で、大島の哲学とか音楽技法とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの作品が合唱曲でこの時代にかかっていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく合唱好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる「鋼の錬金術師」でしか大島を知らない彼女には聴かせてあげたいなと思う。

邪宗門秘曲(作曲:木下牧子

 木下の「耳」あるいは「曲づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「神への祈りを歌う」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ日本人が歌うには邪宗門秘曲以外ではあり得なかったとも思う。
無宗教者が宗教曲を歌う」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源は邪宗門秘曲にあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

宇宙について(作曲:柴田南雄

 これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
 こういう演劇風味の演出をこういうかたちで合唱化して、それが非オタに受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

無伴奏混声合唱のための「カウボーイ・ポップ」(作曲:信長貴富

 9曲まではあっさり決まったんだけど10曲目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的に信長を選んだ。
 三善から始まって信長で終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、ニコニコ以降のポップス時代の先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。

 というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。
「駄目だこのフジモリは。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
 こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。