『こうして彼は屋上を燃やすことにした』(カミツキレイニー/ガガガ文庫)

こうして彼は屋上を燃やすことにした (ガガガ文庫)

こうして彼は屋上を燃やすことにした (ガガガ文庫)

 第5回小学館ライトノベル大賞ガガガ大賞受賞作。*1
 ページをめくると出てくる登場人物たちの名前がドロシーにライオンにカカシにブリキで*2。つまりは『オズの魔法使い』をモチーフとしていることが明らかな本書は、屋上というより心に火を灯す青春物語です。
 『オズの魔法使い』の序文に次のような文章があります。

 とはいえ、幾世代にもわたって貢献してきた昔ながらのこれらお伽ばなしも、今日、子供の読み物の中では〈過去のもの〉になろうとしています。というのも、今や、お決まりの魔神や小人や妖精たちを消し去り、個々の物語に含めたおそろしい教訓を強調せんものと著者たちがひねり出す、血も凍るような挿話(インデント)もさっぱりと取り払った、より新しい〈童話(ワンダーランド)〉の時代が到来しているからです。現代の教育には、すでに道徳が組みこまれています。したがって、現代の子供は、童話にひたすら娯楽性を求めます。彼らにとっては、わざとらしい不愉快な挿話など、なくてさいわいなのです。
 『オズの魔法使い』の物語は、こういったことを念頭に、今日の子供たちを喜ばせることのみを目標として書かれたものです。驚きと喜びはそのままに、心痛と悪夢とを取り去った現代版お伽ばなし――それがこの一篇なのです。
オズの魔法使い』(ライマン・フランク・ボーム/ハヤカワ文庫)p5〜6より

 そんな『オズの魔法使い』をモチーフとし、心痛と悪夢を取り去ることなく現代版お伽ばなし――ライトノベルと呼ぶかジュブナイルと呼ぶかはさておき――として書かれたものが本書だといえるでしょう。勇気がないライオン。知恵がないカカシ。心がないブリキ。そんな彼らがドロシーと出会い旅をして、自らの中に求めていたものがあることを知る『オズの魔法使い』の物語は、少し前に流行った(?)「自分探しの旅」を髣髴とさせます。ですが、『オズの魔法使い』において自分を探して見つけることができたのは、道中でのドロシーたちとの交流があってこそです。つまり、「旅」ではなくて「出会い」こそが本質です。なので、しがらみを断ち切って旅に出るようなものと『オズの魔法使い』とを一緒くたにするわけにはいきません。
 つまり何がいいたいかといえば、本書もまた出会いの物語だからです。これまで屋上にいたライオン・カカシ・ブリキの3人にドロシーが出会うことで、その反対に、ドロシーに3人が出会うことで、彼ら彼女らは自分たちに欠けているものを手に入れます。
 彼氏にフラれたから自殺しようという導入からして乗り切れなかったり入り込めなかったりする部分は正直あるのですが(苦笑)、悪い話ではないと思います。どちらかといえば、『オズの魔法使い』が読まれるキッカケになればよいと思ったり(コラコラ)。

オズの魔法使い (ハヤカワ文庫 NV (81))

オズの魔法使い (ハヤカワ文庫 NV (81))

*1:個人的には優秀賞受賞作『キミとは致命的なズレがある』の方が好きです。

*2:あれ?トトは?(笑)