『七姫幻想』(森谷明子/双葉文庫)

七姫幻想 (双葉文庫)

七姫幻想 (双葉文庫)

 七夕伝説の七姫の異称になぞらえて語られる七つの物語。神代から江戸時代までを紡ぐその物は、儚いものでありながらも雄大な時の隔たりをつなぎ合わせるだけの力を持っています。
 作品については、出版社のサイトにある作者自身による紹介ページをお読みいただければ、私の方からそれ以上付け加えることなど特にないのですが、それで終わりにしてしまうと本書をオススメしても説得力に欠けるでしょうから、蛇足なのを承知の上で雑感を。

ささがにの泉

 極めて脆弱でありながら大王を捕らえて離さない糸の密室。七編のなかで最も幻想的で、それでいて最もミステリ色の強い作品です。

秋去衣

 衣通姫伝説(参考:衣通姫伝説 - Wikipedia)の謎に挑んだ歴史ミステリ。豊かな想像力にミステリ的な理性の抑制がかかることで、歴史上の命題に対する解答のひとつとして物語が成立しています。

薫物合

 歌の詠み手はその歌に意味を重ねることができます。言葉にはそうした力があります。その一方で、言葉を受け取る側が勝手に意味を読み取って解釈してしまう場合もあります。香りを感じ取れる人と感じ取れない人がいるように。

朝顔斎王

 生まれながらに神に仕える斎王として育てられてきた絹子。そんな彼女にとって、人々が日常的に使う言葉はまるで暗号のように聞こえることがあります。それが斎王としての神性が期待されている彼女と世俗との隔たりを表していますが、一方で斎王だからこそ理解できる言葉もあります。

梶葉襲

 七姫の書名に相応しく七夕の日の雨の怪を歌った物語です。離れ離れになった男女に逢瀬が許される日ではありますが、必ずしも互いが逢いたがっているとは限りません。望まぬ過去との邂逅もまた同じでしょう。和歌が持つ暗号としての側面が巧みに活かされたミステリとしても楽しい一品です。

百子淵

 時の流れによって変容していく物語の幻想性。真実を伝えるための物語も、その編み方を間違えてしまうと知らぬ間に欺瞞へと転じてしまいます。そうした風習に対して若者が抱く疑問と決断は、中世から近代への歴史の流れを象徴するものとして描かれています。

糸織草子

 時の流れによっても変わらないものと変わるもの。繰り返される悲劇。悲劇を伝える物語の書き手の変容。それは神話から歴史への変容を表現したものだといえるでしょうか。



 ミステリ的な謎に男女の機微や宮中の陰謀、その時代の呪縛といったものが複雑に絡み合っています。そうした事柄が、七夕の織姫のモチーフに相応しい鮮やかにして美しい織物の如く、物語に織り込まれています。
 本書では作中の随所に和歌が登場し引用されていますが、和歌という様式の伝統と制約にはミステリにも相通じるものがあります。そうしたものも相俟って、本書の連作集としての枠組みは作られています。
 本書はタイトルのとおり幻想小説としても読めます。その一方で、そこかしこに出てくる単語に隠されている意味や作中に登場する人物の史実上での役割などを把握してから読むと、歴史小説としての面白さも堪能することができます。繊細にして壮大、耽美にして怜悧な物語世界。本書を傑作と呼ぶことに何の躊躇いもありません。
 なお、巻末の千街晶之の解説において、本連作集の発想源のひとつと推測されている折口信夫の論文「水の女」は青空文庫でも読むことができますので(青空文庫:水の女)、ご参考まで。