『多次元交差点でお茶づけを。』(本保智/角川スニーカー文庫)

多次元交差点でお茶づけを。 (角川スニーカー文庫)

多次元交差点でお茶づけを。 (角川スニーカー文庫)

 シマックの『中継ステーション』を元にしたラノベらしいということで興味が沸いたので手に取ってみたのですが、なるほど、確かに”中継ステーション”ですね。
 時狭間学園は一見普通の学校のようではあるけれど、その地下は実は地球で唯一の「中継ステーション」兼「宿泊施設」兼「次元交流待合所」、つまりホテルにして〈多次元交差点〉だった。たまたまそこに迷い込んでしまった宇田川まひるはホテルの従業員として働くことになってしまう。しかも、そのホテルの支配人はまひるのクラスメイトの少年・夜野原ミサキ。昼間は寝てばかりのくせに支配人のときの彼はハイテンション。さまざまな出来事にとまどいつつもホテルの従業員として徐々にその存在感を増していくまひるであったが……といったお話です。
 シマックの『中継ステーション』の主人公・イノックは地球人でありながら宇宙人としての自覚も持っていて両者のアイデンティティの間で揺れ動いています。対して、本書のホテルの支配人・ミサキの場合には、やはり地球人であることには違いはないのですが、地球人としての生活は切り捨てちゃっています。その価値観は完全に多次元宇宙の方に向いてしまっています。なので、昼間の学生としての彼は完全に無気力のダメ人間です。彼がそうなってしまったのには理由があるのですが、果たして本当にそれでよいのでしょうか。多次元宇宙という様々な価値観が存在する世界の中にあって一つの価値観に拘泥するのは愚かなことかもしれませんが、それでも彼は地球人であって、地球人には地球人として務めなければならない義務もあれば養わなければいけない感性もあるのでは? ということで、ミサキをそっち方向へと引き戻す役割をこれからまひるは担うことになると思いますが、シリーズ1巻ということもあってよく分かりません(笑)。
 確かに『中継ステーション』がアイデアの起点かもしれませんが、SF色はそんなに強くありません。登場する異次元生物も(今のところ)そんなに不可思議な存在ではありませんし、登場するアイテムもドラえもんの道具の域を出るものではありません。そういう意味で物足りなくはあるのですが、あまり深く考えずに気軽に楽しむのが吉でしょう。
 ただ、ミサキが持っている謎のアイテム”時の瞳”。ミサキの思うがままに時を巻き戻すことのできる便利なアイテムですが、これにはシリーズの根幹に関わる大きな謎がある模様です。他にもいろいろと伏線めいたものは張り巡らされてはおりますが、すべてはまだまだこれからといった感じです。
 基本的にコメディタッチでサクサク読めちゃうお話ではありますが、シリーズものとしての仕掛けもさることながら、ミサキとまひるの双方に”家族”についての何やら複雑な事情があるようでして、そうしたテーマについても今後触れられていけばいいなぁと思います。
【関連】プチ書評 『中継ステーション』(クリフォード・D・シマック/ハヤカワ文庫)