『黒白キューピッド』(中村九郎/集英社SD文庫)

黒白キューピッド (集英社スーパーダッシュ文庫)

黒白キューピッド (集英社スーパーダッシュ文庫)

 中村九郎の記念すべきデビュー作は、よくもまあ出版されたもんだという感じです(笑)。僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵はその小説の筋を読んでゐる。とは、芥川龍之介の言葉ですが(青空文庫:『小説の読者』)、中村九郎の場合、その筋が個性的というか理解不能です。一体私はこの本のどこを面白いと感じているのか全く分かりません。最初に読んだときにはベスターの『虎よ、虎よ!』と同レベルの荒唐無稽さだなぁと思いましたが、そんな比較をするとベスターのファンに怒られそうですね(笑)。
 中村九郎の作風を詩的と評する人がネット上で散見されますが、それはストーリーとかプロットを指してのことだと思われます。とにかく、作者が進めたいように進めてるという感じです。場面転換は唐突で、人物造形も変なところには凝るけれど普通書くべきところを書かなくて、その行動はときに突飛です。言葉のセンスも、韻を踏んでいるといえば聞こえはいいですが、作中でしかしなにゆえ号と丸という二つの名称が……中学生だからなのだろうか。(p185より)と述べられているとおりの中学生のセンスで満ち溢れています。分かっててやってるようなので始末に終えません。どうやら本書は、読者の心の中にある中二病の琴線に触れることを目的とした物語のようです。そもそも、空は良く曇っていた。という書き出しからして痛々しさ全開ですし、主人公の名前を加藤少年などと没個性なものにしておいてヒロインの名前を鈴木メイジ亜惰夢子などと変な名前にするところがもうついていけません。ストーリーのつじつまをダジャレ(あえて韻と言っても良い)で補う手法(『樹海人魚(プチ書評)』が顕著)は本書から健在で、ああ中村九郎だなぁ、というのをひしひしと感じます。
 本書では、主人公の加藤少年が『七色キューピッド』というオンラインゲームをクリアすることが一応の目的です。しかしこの加藤少年、ありきたりの日常に現実感を持てずに”微熱空間”を生きています。一方でゲームには熱中しますが、その最中でもやはり”微熱空間”にいるような感覚に襲われます。つまり、現実と微熱空間とゲームという3つのレベルがあるのだけれど、それらが微熱空間によってごちゃ混ぜになってしまう、というのが主人公の状態です。そこまでは分かるのですが、読者からすれば物語全体が中村九郎ワールドに覆われた微熱空間のようなものなので、そのレベル差を感じることができません。ゲームのクリア条件が一万ポイント(p74)なのがいつの間にか十万ポイントになってても(p180)、特に気にはなりません(笑)。ゲームをやってるという感じがまったく伝わってこないのはこの手の物語では致命的だと思います(と思ったら、オンラインゲームをやったことないのね)。ですから、最後に明らかになるゲームと現実との関係も、本当は驚けるはずのものだと思うのですが、ずーっと物語のレベルが曖昧なので何の感慨もありませんでした。ちょっと勿体無く思いました。
 両目がないと遠近感がつかめないのと同じで、世界との距離感も一人だとハッキリしないけど二人ならつかむことができる。おそらく、そんな話じゃないかと思います。
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