『”文学少女”と繋がれた愚者』(野村美月/ファミ通文庫)

“文学少女”と繋がれた愚者 (ファミ通文庫)

“文学少女”と繋がれた愚者 (ファミ通文庫)

※以下、既読者限定でお願いします。また、元ネタになってる本も読んでて当たり前というスタンスですので、そちらも予めご了承下さい。
 プロローグの最初の一文は、今回の元ネタが分かるかどうか作者から読者に対しての挑戦状です。もっとも、海外のものたと翻訳によって文章が全然違うこともあるので勝負が成立しないこともありますが今回は大丈夫ですね(笑)。いや、別に最初で分からなくても本書を読むのに問題はまったくありませんけどね。ということで、今回の元ネタは武者小路実篤の『友情』です。
 文芸部の演劇の題材として『友情』を上演するという展開なので、前2作よりも自然な形でその元ネタが明らかになります。ですので、元ネタについてもこれまでよりも率直に触れることができます。p40辺りの野島の良さについて遠子先輩vs琴吹・竹田であーだこーだ言い合ってる姿は、本読みが作品についての感想を述べる上での原点というか基本ですよね。こうした素朴だけど正直な気持ちは忘れちゃいけませんね(自省をこめて)。野島のことを全否定しておきながら、いざというときには野島みたいな態度をとってしまっているのが琴吹さんの萌えポイントなのでしょう。”文学少女”とタイトルに銘打っておきながら3巻になって初めてこうした”らしい”やり取りがされているのが少々意外ではあります。ただ、今までも元ネタを様々に解釈していますし、プロット自体が元ネタの裏読み・一部妄想みたいなものになっていますから、”文学少女らしさ”というのは本シリーズの全てに渡って浸透していると言えます。主要人物以外の使い捨ての脇役の心理の書き込みが客観的に明らかに不足している(=キャラがまるで立ってない)はずの本シリーズですが、にもかかわらず読んでる限りではその描写に不満を覚えることはあまりなくて、その苦悩にも共感できてしまいます。それは、元ネタによる補完という作用があるのは間違いないのですが、本シリーズのそうした”文学少女”的なプロット・雰囲気が読者の想像(妄想と言ってもよい)をかきたてて勝手に補完させられてしまっているんじゃないかと思います。文学少女恐るべし!(笑)
 友情と恋愛感情から成る三角関係というのは定番中の定番とも言える永遠のテーマでしょう。シンプルかつ普遍的なテーマなだけに、本書の元ネタへの依存度はそれほどでもなくて絶妙な距離感だと思います。そういう意味では何も『友情』でなくとも他の小説なり漫画なりドラマなり、それこそたくさんの作品で三角関係というのは描かれてますから、『友情』が未読でも他の作品による脳内での代替が可能かもしれません。そんな中からなぜ『友情』が選ばれているのかと言えば、作者の趣味ということもあるでしょうし文学少女の雰囲気にもぴったりということもあるでしょう。しかし、『友情』ならではの特徴・良さが本作との関係でどうしても欠かせなかったということもまた確かでしょう。前作『”文学少女”と飢え渇く幽霊』で元ネタとなっていたのは『嵐が丘』でしたが、あれも見方によっては三角関係がテーマの恋愛小説です。そんな『嵐が丘』の昼ドラ的なドロドロした情熱的なのに比べると、『友情』の方は恋愛感情を抱いた者にありがちな思い込みや錯覚などを丹念に見つめながら描かれていて共感しやすいです(痛いですが)。そうした苦悩に真摯に向かい合っている大宮の姿は、本書の中心人物である芥川くんのキャラクターにとても良く合っています。本書には差し当たり2つの三角関係が出てきます。芥川−更科−五十嵐と、芥川−小西(=更科)−鹿又の2つですが、結局は芥川と更科の問題に帰結します。この2人の関係というのが、誠実さと愛情とがすれ違って、さらに勘違いが勘違いを呼び、その一方で自分自身にも見えない心の真実というものがあって、実に痛々しくも生々しいです。
 芥川くんの心は”文学少女”の読み解きによって救われて、それによって更科も救われます。はっきりと別れることで2人は前に進むことができました。これは、『友情』のラストで暗示(明示?)されているものとシンクロします。しかし、これだけでは片手落ちで『友情』を元ネタにしたからには文字通り友情が描かれなければなりません。恋愛と対になる友情というものがタイトルどおりにしっかりと描かれているのがまさに『友情』のもっとも大きな特徴だからです。心葉が芥川くんの苦悩を知ったことによって2人は互いに理解し合い友情を結びます。そうしておいて本書の最後のページで明らかになる驚愕の真実。最後の最後で明らかになるとっておきの三角関係。恋愛と友情の板ばさみという『友情』で描かれるべきテーマは実はまだ何も終わっていなくて、むしろこれから始まるのです。『友情』では、大宮は杉子との往復書簡は野島の前に晒しました。芥川くんはいったいどうするのでしょう? 芥川くんと美羽の関係を手紙で明らかにするというこの構成は、まさに『友情』を元ネタにしたからこそ成し得た秀逸なアイデアだと思いますし、ラストのサプライズにも残酷なまでに作用しています。心葉の語りと太字の文章による語りの並列という本シリーズ特有の構成ですが、本書のためにあったんじゃないかと思うくらいです。それにしてもすごい引きで次巻へと続くことになります……。
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