『探偵業法』と『犬はどこだ』

 今年もホントに最後となりました。今年もいろいろありました。
 当サイトは一応書評サイトですので、それなりにたくさんの本を紹介したり話題にしたりしてきました。そんなわけで、2006年面白かった本! とかを振り返るのがセオリーかもしれませんが、天邪鬼なアイヨシはそこをスルーします(笑)。
 その代わりと言っては何ですが、今年もたくさんの法律が成立・改正・施行されました。その中でも、ミステリ読者なら無視できないのが今年6月に成立(施行日は2007年6月1日)した、『探偵業の業務の適正化に関する法律』、いわゆる『探偵業法』です。
(なお、『探偵業法』の中身については、こちらのサイトなんかがオススメです。)
 ミステリ・推理小説について語っている場合の”探偵”には、作中において謎解きの役割を担う”探偵”と、職業としての”探偵”の2種類があります。で、『探偵業法』が対象とするのはもちろん後者の方です。とは言え、本格ミステリにしろハードボイルド小説にしろ、職業として探偵を営んでいる人物が主人公を務めているものはいくつもありますので、この法律がそうした作品に影響を及ぼすことは十分に考えられます。
 そこで、今日は2006年12月31日です。さようなら戌(いぬ)年、ということで、米澤穂信の傑作ハードボイルド小説『犬はどこだ』(東京創元社)を引き合いに出して、この法律の影響を考えてみたいと思います(笑)。
 『探偵業法』にいうところの探偵業務とは、他人の依頼を受けて、特定人の所在又は行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として面接による聞き込み、尾行、張込みその他これらに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する業務です(第二条)。ですから、紺屋が本来の業務として予定していた犬捜し、あるいは成り行きで引き受けることになってしまった古文書の解読といった仕事は『探偵業法』でいうところの探偵業務には該当しませんので、同法の対象とはなりません。もっとも、だからと言って何をしてもいいということには当然ながらなりませんけどね。しかし、失踪した佐久良桐子の探索は立派な探偵業務です。これを業務として行なうためには、探偵業の届出をする必要があります。
 そして、業務を引き受けるに当たっては、依頼者から、当該探偵業務に係る調査の結果を犯罪行為、違法な差別的取扱いその他の違法な行為のために用いない旨を示す書面(第七条)の交付を受ける必要があります。また、探偵は、依頼者に対して重要事項の説明・書面の交付を行い(第八条第一項)、かつ、契約内容を明らかにする書面(第八条第二項)を交付しなければなりません。
 タフさが売りの、いかにもハードボイルドでアウトローな探偵の場合には、こうした書面のやりとりはイメージぶち壊しかもしれませんが、紺屋の場合には、言われなくてもこれくらいのことは普通にやってそうですよね(笑)。
 また、第十二条で名簿の備え付け・見やすい場所への掲示が義務付けられています。作中でのハンペーの立場は微妙な気もしますが、このままのパートナーシップを維持していこうとするなら、使用人なり従業員なりの身分でちゃんと雇わなきゃならないでしょうね。
 なお、探偵業の届出の際には、称号、名称をちゃんと定める必要があります。ですから、〈紺屋S&R〉がおそらく事務所の正式な名称ということになるのでしょう。
 てなわけで、『探偵業法』によって『犬はどこだ』がどうなるかをちょろっと検討してみましたが、あまり変わらないみたいですね。何か見落とし等ありましたら遠慮なくご指摘下さい。
 もっとも、『犬はどこだ』の場合、物語の始まりが2004年8月12日とはっきりと明記されています。で、この法律の施行日は2007年6月1日なので、実は関係ありません(笑)。この作品がシリーズ化して時間が流れていけば、その中でこの法律が成立して紺屋がその対応に追われる、なんてこともあるかも知れませんが、とりあえずは無視してOKです。お後がよろしいようで(笑)。
 それでは、良いお年を!

犬はどこだ (ミステリ・フロンティア)

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