『永遠の旅行者』(橘玲/幻冬舎文庫)

永遠の旅行者〈上〉 (幻冬舎文庫)

永遠の旅行者〈上〉 (幻冬舎文庫)

永遠の旅行者〈下〉 (幻冬舎文庫)

永遠の旅行者〈下〉 (幻冬舎文庫)

【PT】Perpetual Traveler
永遠の旅行者。どの国の居住者にもならず、合法的にいっさいの納税義務から解放された人々。国家にとらわれず。自由を求めて世界を旅する独立した個人のライフスタイル。
(本書上巻p7より)

 第19回山本周五郎候補作品です*1
 元弁護士・真鍋恭一は”永遠の旅行者(参考:パーペチュアル・トラベラー - Wikipedia)”として不自由のない生活を過ごしていた。そんな彼の元に届いた見知らぬ老人麻生からの仕事の依頼が届く。それは、二十億の資産を息子ではなく孫娘のまゆに相続させたい。しかも日本国に一円も納税することなく、というものであった。麻生の余命は残り僅か。息子悠介150億円の負債を抱えて失踪中で、悠介の妻(まゆの母親)は何者かによって殺されている。そして16歳の少女まゆは心を病んで引き篭もっている。困難な仕事ではあるが、調査を進めるうちに真鍋は依頼を真剣に引き受けようと決意することになる……といったお話です。
 20億もの大金を日本に一円も納税することなく相続させる、といった大きなテーマを掲げる本書は、基本的には脱税もしくは節税について書かれた経済小説として位置付けることができるでしょう。しかしながら、税金というものは消費税にしろ所得税にしろ贈与税にしろ相続税にしろ、お金が動くところにかけられます。そして、お金の動きとは人間の行動に直結しています。税金というものを通じての金銭の動きや流れを追うことで人間の感情や行動が描かれているのが本書の面白いところです。また、現代の国家においては国民には納税の義務が当然のものとして課せられています。そうした前提に歯向かい、あるいは裏をかこうといった発想は、国家と国民との関係を問い直すことにもつながります。
 確かに、時事的題材をふんだんに盛り込んだ教養小説といった側面があることは否めませんが、それは決して衒学趣味的なものではありません。お金の動きを把握する上で起点となること、論点となること、踏まえておかなくてはならないことがある場合に、それを丹念に押さえておくという意味から書かれているものです。逆に言えば、私たちの実生活において、こうした事柄がそれくらい身近なものになってきた、ということなのだと思います。
 難点をいえば、一昔前のトレンディドラマみたいな冒頭に辟易させられたのと(笑)、山本周五郎賞の選評でも述べられているように結末にやはり不満を感じずにはいられません。ただし、税金といった独特の観点から独特の描写によって、平凡なサスペンスドラマをオリジナリティに満ちた物語に仕上げた、という見方もできるかもしれません。いずれにしても、それまでの内容や問題意識はとても面白いと思います。
 とはいえ、本書はあくまでも小説であるということは注意しておきたいです。特に作中での相続税の税率についての考えは異論も結構あるかと思いますので*2
 税法や相続や債権回収や国際市場といった問題に興味のない方にはオススメできませんが、少しでも興味のある方であれば強くオススメしたい作品です。

*1:ちなみに受賞作は宇月原晴明安徳天皇漂海記』です。参考:山本周五郎賞-選評の概要-橘玲『永遠の旅行者』

*2:確かに、節約よりも浪費を奨励する制度なのはおかしいかもしれません。ただ、借金ばかりの日本の現状を鑑みますと、前の世代が溜め込んだ財産を今の世代に還元するという効果も期待できます。なので、一概には何とも。もっとも、相続税は対象となる財産がある程度あって初めて問題になってきますから、私のような庶民には実際上何の関係もありませんけどね(笑)。