『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音/祥伝社文庫)

大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

 昭和6年頃の東京を舞台にした連作短編探偵小説です。昭和初期という時代背景は、現代を生きる私たちにとって必ずしも良いイメージを喚起しません。なぜならば、第二次世界大戦という未曾有の悲劇へと向っていく歴史の流れを想起せずにはいられないからです。しかしながら、当たり前のことですが、その時代を生きていた人はいますし、その当時の風俗に着目してみれば、何も悪いことばかりではありません。そこには苦もあれば楽もあります。そんな当時の人間の象徴、といってしまうと多方面からお叱りを受けること間違いなしですが(笑)、とにもかくにもたくましくその時代を生きている早稲田の不良学生・阿閉君は、日々の生活費の糧を得るべくいかがわしい怪事件を追いかけては雑誌社に売って糊口をしのいでいます。
 そんな阿閉君が住んでいる下宿の大家・玄翁先生は豊富な知識と広い視野で物事の裏を見通すご隠居さん。阿閉君が持ち込んでくる怪事件の謎を玄翁先生が絵解きするというパターンが本書の基本です。昭和初期の時代を取材と貧乏に追われながらもそれなりに満喫して生きている阿閉君がその時代のポジであるならば、「昔は良かった」的なお説教を滔々と述べる玄翁先生はさながらネガということになりますが、こうした一見ありがちなポジとネガの構図は、最後の最後により深い意味を持ってくることになります。というのも、ちょっとだけネタバレになってしまいますが、本書はいわゆる連鎖式と呼ぶべき連作形式になっているのです。
【参考】〈連鎖式〉――作品リストとささやかな考察黄金の羊毛亭
 連鎖の詳細についてはさすがにここで明かすわけにはいきませんが(途中から見え見えではあるのですが)、阿閉君=昭和初期をポジとするならば、ネガである玄翁先生は過去であり未来でもあるといえます。未読の方には何のことやらサッパリであろうことは百も承知ですが、つまり、探偵小説としてこの時代を舞台としたことには意義がある、ということは強調しておきたいです。
 もうひとつ本書で強調しておきたいのは言文不一致の独特の語りです。落語・講談風の独特の語りは最初こそ戸惑いましたが、文体のリズムがよいのですぐに慣れることができます。昭和初期というレトロにしてモダンな雰囲気を演出する上で非常に効果的な語りです。
 以下、各短編の雑感を。

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