『罪悪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ/東京創元社)

罪悪

罪悪

 私たちは大人になったのだ。列車を降りたとき、この先、二度と物事を簡単には済ませられないだろうと自覚した。
(本書p18より)

 前作『犯罪』に続き、ドイツの高名な刑事事件弁護士である著者が、現実の事件に材を得て書いた犯罪にまつわる15の短篇集です。収録作は、順に「ふるさと祭り」「遺伝子」「イルミナティ」「子どもたち」「解剖学」「間男」「アタッシュケース」「欲求」「雪」「鍵」「寂しさ」「司法当局」「清算」「家族」「秘密」です。
 総ページ数212ページですから、1話平均約14ページなので、短編集というよりもショートショート集に近い読み口で、飽きることなく一気に読み切ることができます。重々しさはそのままに、前作よりもシャープさが増しているといえます。
 ”たとえ99人の罪ある者を逃そうとも1人の罪なき者を罰してはならない”とするのが刑事裁判の理念ですが、それを実際に実現するとどのようなことになるのか。それが描かれているのが「ふるさと祭り」です。この話のあとだからこそ、続く「遺伝子」の結末が何ともいえない読後感です。
 イルミナティに描かれているのは法律上の罪悪と宗教・倫理上の罪悪との相克。「子どもたち」では児ポ法の恐ろしさが描かれています。「解剖学」では行為と結果との間の思わぬ因果関係の断絶にまつわる判決が下されています。常識的な判断としてはともかく、これを法律的な理屈をつけようとすると何気に厄介だったりします。「間男」で問題となっている”黄金の架け橋”の理論は中止犯もしくは中止未遂と呼ばれるもので、日本の刑法の条文にもあります。しかしながら、これがなかなか厄介で……(【参考】中止犯 - Wikipedia)。
 アタッシュケースの中から出てきたのは1枚1枚がそれぞれ異なる無残な死体を写した計18枚の写真です。「欲求」は、収まるべきところに収まったことが物語としてはともかくこれでよかったのかどうか。そういえばこんな事件(痕跡症候群 | 【速報】デスノート作者小畑健、アーミーナイフ所持で逮捕)もあったなぁと、「雪」を読んで思い出したり。「鍵」は本書中では珍しいサスペンスフルな罪悪の連鎖。「寂しさ」冒頭の「夫と二人の子どもがいます」。一見すると極めて平凡な幸せの言葉に、実はどれだけの想いが込められているか。「司法当局」で描かれているのは被告人不在の司法システム。清算では、DVに苦悩した末に犯行に及んだ女性の悲劇と、いわゆる「筋の良さ」を求める老裁判官の差配の二つの主題が描かれています。「家族」は、物語を終わらせる物語。そして、「秘密」……。
 前作同様、多くの方にオススメしたい一冊です。
【関連】『犯罪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ/東京創元社) - 三軒茶屋 別館