槙田雄司『一億総ツッコミ時代』星海社新書

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

 作詞作曲モノマネなどで近年ジワジワと注目されつつあるお笑い芸人、マキタスポーツこと槙田雄司による、ツッコミ過多な現代に対する「提言書」です。
 本書の刊行にあたり、著者はこう語っています。

「新書」というのは、芸人のフリップショー的な、多分に”現代大喜利”っぽい形式の媒体です。そのコンセプトを明確に打ち出したのが、この度お世話になった出版社の星海社です。エンタの五味さんの感覚と同じことを、ここの社長は同時代的に行い、ヒット作を世に送り出してきました。
結局、エンタには出てませんが、遅ればせながら出版界の「エンタの〜」否「新書の神様」で書籍デビューしてみます。新書界の小梅太夫だけにはならないよう気をつけます。
マキタスポーツ コラム

 タイトル『一億総ツッコミ時代』がすべてを言い表しています。非常に面白い一冊でした。
 現代は、「ツッコミ高ボケ低」の気圧配置であり、ツッコミが非常に多い。これは、ダウンタウンのころから顕著になり、「お笑い」が「芸」からコミュニケーションツールとして人口に膾炙するようになったという導入から、「ツッコミ過多」で「閉鎖的」「息苦しい」現代に対しお笑い芸人の立場から警鐘を鳴らします。
 お笑い芸人たちの「表面」だけをくみ取った一般人たちのツッコミは、「ノーリスク・ローリターンで自身を面白く見せることができる」格好の手法だといい、また「ツイッターニコニコ動画など手軽にツッコむことのできる」ツールの普及がこれに拍車をかけたとも言います。その結果、「噛む」などの些細なミスも許されない(突っ込まれてしまう)、委縮し、閉鎖的な雰囲気になっていると語ります。
 「ツッコミ」「叩く」「炎上」など、「自身が攻撃されないように防御するための”他罰的”な行為」について、あえてお笑い芸人が指摘する。
 確かに著者が言うとおり新書とは「現代大喜利」です。「ツッコミ過多」というネタだけで一冊引っ張っているため冗長なところもありますが、「誰かが言わなければならないことをはっきりと言う」ためには新書というメディアが一番ふさわしいかもしれません。
 著者は、「ツッコミ過多な時代だからこそ、勇気をもって”ボケ”に転じよう」「メタではなく”ベタ”を愛そう」と、「あえてツッコまれること」の大切さを訴えかけます。
 当blog、書評サイト(←枕詞)「三軒茶屋 別館」は読了した本に対し書評だの感想だのを書き記す、立ち位置的には「ツッコミ」のサイトです。本館も含めるともう10年以上続けていますが、一貫している想いとしては「本が最上位である」というある意味当たり前のモットーです。書評サイトは、よく言っても作者の寄生虫でしかないので、いくらメタに書評をしても作者より上位に立つことは一切考えていません。また、あれがダメだこれがダメだという「減点法」は可能な限りせず、「ここが面白い」と記事の読者を「本」に誘導する「加点法」を心がけています。
 そういう意味では、本書『一億総ツッコミ時代』は読みながら頷ける部分が多々ありましたし、ともすれば「ツッコむことで対象よりも上位に立っていると錯覚する」こともある自身に対し強い自戒の念も起こりました。

生みの苦しみを知りなさい。
知ったうえで覚悟を持って人を許しなさい。
(『ちはやふる』18巻、P69,70)

 本書は、「ツッコミに対するツッコミ」という食物連鎖の上位に向かう優越感ゲームの戦略書ではありません。むしろ「ツッコミ」から「ボケ」に転向を勧め、優越感ゲームからいかに離脱するかを説いた指南書だといえます。
 お笑い芸人だからこその視点で「ツッコミ過多」の現代を切り取った良書だと思います。オススメです。
【ご参考】新年のご挨拶と”書評blog「三軒茶屋 別館」”について 三軒茶屋別館