『三十三本の歯』(コリン・コッタリル/ヴィレッジブックス)

三十三本の歯 (老検死官シリ先生)

三十三本の歯 (老検死官シリ先生)

「歯が三十三本。聞いたことがなかろう。釈迦も歯を三十三本お持ちだった。わたしの叔父は何も言わなかったが、記録によればやはり歯が三十三本あった。これは霊界との架け橋として生まれたしるしだ」
「そういうことを信じておいでだと?」シリ先生はたずねながら、舌で自分の歯を数え始めた。
「疑えない証拠がたくさんあってね」
(本書p110より)

 東南アジアの小国ラオスが舞台の『老検死官シリ先生がゆく』に続く「シリ先生」シリーズ第2弾です。
 ラオスでただ一人の検死官であるシリ先生のもとには、前作同様たくさんの死体と事件が持ち込まれてきます。複数の事件がからみ合ったりからみ合わなかったりするスタイルは、いわゆるモジュラー形式と呼ばれるもので、主に警察小説において多く用いられているものです。国家にただ一人の検死官という立場からくる必然的なスタイルであるといえます。
 そんな検死官という地位だけでもレアキャラなのですが、本書ではさらに、呪術師としての出自と、自らの身体にイエミンという偉大な霊が宿っていることが明らかとなります。検死官にして霊魂ドクター(本書裏表紙や訳者あとがきより)というチートキャラなわけですが、ただ、72歳と高齢であることがそうしたチート性はかなり薄まっています。
 そうした出自や守護霊(?)の存在が本書で明らかになったことによって、前作と比べると本書はオカルト色が強まったといえます。ただ、それによって検死官としての仕事が疎かになっているわけでは依然としてありませんし、科学的思考が端折られているわけでもありません。ただ、やはり弁護士がいるかどうかすらわからないような法治体制にあって真相の真実性を担保するために、霊魂の存在が必要となるのは致し方のない面もあるのでしょう。
 加えて、霊魂や呪術師の存在が民衆に認められている中で、政府がそうしたシャーマニズムを統制するために、呪術師たちを呼び集めて「霊魂を呼び出すための公式マニュアル」なるものを発表するのですが、これにはシリ先生と同じく大笑いせざるを得ません。とはいえ、「われわれは一丸となってチームのように事にあたる」(本書p156より)という社会主義の本質を守るために、そのことを霊魂にまで要求するというのは、それはそれで筋が通っているともいえます。国家と個人の関係を問い直す意味においても、霊魂は有意に機能しています。
 檻の中で人間に虐げられていて脱走した熊。自転車に相乗りしていた二人の男の不審な死。女性ばかりが連続して噛み殺される事件。政府から依頼された黒焦げの死体の国籍の特定などなど。政府のお偉方を前にしてもユーモアを忘れることなく、ときに飲んだくれながらも真実を追い求めるシリ先生の姿勢は間違いなく名探偵のそれです。前作刊行からかなり時間が経ってますので、前作を既読でありながらシリーズの存在を忘れてしまっている方もおられるかもしれませんが、そうした方はどうかもう一度思い出してくださいませませ(笑)。
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