『仮面少女と贋作家』(沢上水也/KCG文庫)

仮面聖女と贋作家 (KCG文庫)

仮面聖女と贋作家 (KCG文庫)

「話の順序が逆になりましたが、最初に申し上げた、美術品に関する業務とは主に、美術品の取引に関するサポートですね。美術館の展示品を用意したり、美術品を探しているコレクターの方に、条件に合った美術品をご用意したり、鑑定書の手配をしたりといった類のお仕事です」
「ああ、なるほど。これはわかりやすい」
「美術コンサルタントという言葉から連想しやすい業務ですからね」
「そうですわ。悠太郎君にも生命保険に入っていただかないといけませんわね」
(本書p60より)

 天才的な絵画の才能を持ちながら、過去の出来事によって美術について屈折した思いを抱いている高校生・志波悠一郎。そんな彼に接触してきたのは、生徒会長にして美術コンサルタント会社「銀十字社」のトップにしてファンクラブが設立されているほどの美貌を持つ才女・水無月沙羅。悠一郎の過去と才能を知る彼女は、悠一郎の秘密を守るといいながら何やかんやと言いくるめて悠一郎を銀十字社の一員にする。その日から、悠一郎は美術品絡みのドタバタ騒動に巻き込まれることになり……といったお話です。
 運動神経ゼロのヘナチョコ高校生・志波悠一郎ですが、絵画の才能は天才的です。とはいえ、そうした天才性というものを文章で表現するのはなかなか難しいわけですが、本書の場合には技術的な才能に加え、「絵を見れば、画家がどんなところで、何と戦いながらその絵を描いていたのか見えてくる」(本書p31より)といった特殊能力に落とし込まれています。換言すれば、才能のデフォルメ化ともいえます。この設定によって、主人公の才能を特徴づけると同時に、画家や絵画についての薀蓄を程よく混ぜ込むことも可能にしています。実に巧みな設定です。
 芸術という価値や値段があいまいな商品を取り扱う美術コンサルタントという職業には真贋を見抜く目は元より切った張ったの駆け引きも重要になってきます。盗品回収業務に至っては裏社会との接触も当たり前で、犯罪のリスクや生命の危険なんかも生じてきます。そんな美術品にまつわる世知辛かったり血生臭かったりする側面が、本書では小難しくなり過ぎることなく、シリアスとコミカルとの微妙なバランスを保ちながら描かれています。
 美術コンサルタントというサポート業務を営む少女・水無月沙羅の存在は、主人公との関係についていえば、ラブコメ要素もさることながら、才能を有しながらも過去の出来事によって絵画を描くことを諦めている少年に対して、再び筆をとって世に出るためサポートする役割を担っています。才能と社会との関係性が、ボーイ・ミーツ・ガールに仮託されつつ描かれています。
 トレースやコピーなど、デジタル技術の発達によって創作のオリジナリティについて考えさせられる事例が数多く発生している昨今、贋作家(コピーキャット)というタイトルからして興味を持たれる方も多いかと思われます。贋作家は、贋作・家か、贋・作家か。本書の贋作家は、あくまでも美術品の真贋を題材としたものなので、漫画とかのトレースなどとは意味合いが違っていますが、それでも、贋作について考える上での取っ掛かりとして興味深い作品だといえます。オススメです。