『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』(左京潤/富士見ファンタジア文庫)

勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。 (富士見ファンタジア文庫)

勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。 (富士見ファンタジア文庫)

 第23回ファンタジア大賞〈金賞〉受賞作品。
 あらすじも何もタイトルどおりのお話ですが、”勇者”の部分をプロ棋士とか弁護士とかいろいろ入れ替えるとそれなりに精神的ダメージを受ける人がいそうなタイトルですね(自嘲)。
 どんな異世界ファンタジーが舞台になっているのかと思いきや、のっけから”まるで鳩が豆大福を喉につめたような顔で(p7より)”という描写があったりして、純粋なファンタジーとしてはとても残念な物語となっていますが、序盤早々ここまで開き直られていると特に何も言う気になりません。
 本書での勇者とは、対魔人を目的とする《勇者制度》として定められていたもので、勇者予備校とか全国勇者模試とか受験さながらのシステムも構築されていました。主人公ラウルは勇者予備校の主席にして模試でも史上初のS判定を叩き出すなど勇者として将来が有望視されていた実力者なわけですが、勇者の存在意義はあくまでも対魔人です。そして、魔王が倒されて魔人国が崩壊してしまえば、その存在意義も自ずと失われることになります。
 そんなわけで、勇者となる夢を絶たれてしまったラウルは仕方なく就職活動に励みましたが、勇者としての能力など一般社会ではなかなか評価してもらえなくて、ようやく内定を得られた王都内のマジックショップでレジ打ちを始めとする雑務に追われる日々。そんな中、一人のバイト志望者がショップに現れたらと思ったら、そいつがなんと前魔王の世継ぎで……。というわけで、本書は勇者が必要なくなった世界において勇者がいかに生活していくか、人間と魔人とがいかに共存していくかという「打倒魔王を果たした世界のその後」的なお話です。
 とはいうものの、前述のように、ファンタジー世界としての独創性はまったくありません。インカムとかオーディオとかの単語の頭になんでもかんでも”マジック”と付ければいいや的ないい加減な世界観です。マジックショップといっても実際には人手の足りない大型電気店みたいな世知辛いものです。
 というように、設定的には「打倒魔王を果たした世界のその後」的なお話ではあるのですが、その実態は、勇者という厨二病を卒業して社会で働いてみたら一般常識は身に着くわ仕事ができるようになる喜びは得られるわ素敵な人間関係が築けるわ給料は貰えるわ、といった労働する喜びを端的に表わしたお話だというのがホントのところです。つまり、カバー裏表紙にあるとおり「ハイテンション労働コメディ」なのです。
 あるいは、若者に対して起業をすすめる意見もときおり散見されますが、勇者=自営業と捉えれば、勇者という自営業を諦めて就職して労働者として生きることを前向きに描いた物語として、本書を理解することもできるでしょう。有体にいえば、普通に就職してサラリーマンになって何が悪い!と。そういう意味では、本書は似非ファンタジーによって現実への一歩を描いたものだといえると思います。