『世界記憶コンクール』(三木笙子/創元推理文庫)

世界記憶コンクール (創元推理文庫)

世界記憶コンクール (創元推理文庫)

 〈帝都探偵絵図〉シリーズ第二弾は、第一弾と同じく短編集ですが、高弘と礼の物語にとどまらず、高弘の養父である里見基博が主人公のお話や『人魚は空に帰る』所収「点灯人」で高弘たちに助けてもらった少年・森恵が主人公のお話、あるいは礼というワトソン役と出会う前に高弘が探偵役として活躍するお話など、バリエーションに富んだ一冊となっています。巻末の大矢博子の解説にて述べられていますが、本シリーズ名が〈高弘&礼シリーズ〉ではなく〈帝都探偵絵図〉である所以です。
 こうしたフットワークの軽さは、やはりワトソン役ではなく探偵役が記述者を務めているという、探偵役とワトソン役とが必ずしもセットで活躍する必要がないという本シリーズ独特の構図によるものだといえるでしょう。また、時代を往還することで、探偵絵図という一枚の絵に奥行きも生まれています。

世界記憶コンクール

 作中にてコナン・ドイル赤毛組合(赤毛連盟 - 青空文庫)」の真相について触れられていますので予めご注意を。高弘がたまたま使ううちに親しくなった質屋「兎屋」を営む兎川博一から持ち込まれた問題。それは、『記憶に自信ある者求む――協力の御礼として一日一円を至急』という、まさにコナン・ドイルの「赤毛組合」を思わせるものだった。果たしてその真相は……。といったお話です。ホームズもののオマージュとして楽しい佳品です。

氷のような女

 高弘の養父である基博の青年時代のお話。明治の初期に出回った品質の悪い氷・悪水氷にまつわるミステリと、政治家を志しながらも無為の日々を過ごすことへの苦悩とが描かれています。余談ですが、難しい事柄を分かりやすく話す、というのは優れたミステリの多くが有する特性のひとつだと思います。

黄金の日々

 「点灯人」で高弘たちに救われた少年・森恵が東京美術学校予科生として勉学に励みながら友人たちと過ごす日々と、芸術をめぐる犯罪と。「黄金の日々」というタイトルは、「点灯人」の物語と重ね合わせるとなかなかに含蓄のあるタイトルです。

生人形の涙

 作中にて、コナン・ドイルボヘミアの醜聞ボヘミアの醜聞 - 青空文庫)」の真相について触れられていますので予めご注意を。生人形の謎についての真相は、果たしてそれが本当に成り立つものか否か疑わしいものではありますが、「人間を描く」という意味で考えさせられるものではあります。

月と竹の物語

 単行本未収録作品。絵を見る者、周囲にとって理解できない価値観を有する者の存在によって、内と外とを知らぬ間に生み出す発想の妙が見事です。かぐや姫をモチーフにすることによる華やかなイメージ、竹についての程よい薀蓄、美と真のバランス、真相の明かし方などなど。非常に品のよい逸品です。本書の白眉です。
【関連】『人魚は空に還る』(三木笙子/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館