『人魚は空に還る』(三木笙子/創元推理文庫)
- 作者: 三木笙子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/10/29
- メディア: 文庫
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本書はミステリ小説として大きな特徴があります。それはいわゆる「ホームズ(探偵)役とワトスン役」についてです。既に巻末の村上貴史にて詳しく述べられていますが、元祖であり本作においても重要な役割を占めているシャーロック・ホームズ・シリーズがそうであるように、普通は探偵役にエキセントリックな天才が配置され、その天才の言葉をワトソン役が翻訳して読者に伝える、という構図の作品が多いです。
ところが本シリーズでは、雑誌記者にして常識人である高弘が探偵役を務め、エキセントリックな天才絵師である礼がワトソン役を務めています。加えて、探偵役である高弘がそのまま語り手(記述者)の役割も担っています。本作は、天才絵師である礼が高弘によるシャーロック・ホームズ・シリーズの翻訳を楽しみにしている、という二人の間柄からも分かるとおり、ミステリとしてはホームズを意識したクラシックかつオーソドックスなものです。ですが、こうした探偵役とワトソン役の配役の転倒によって独特な読み味が生まれています。まさに「古き皮袋に新しき酒を」です。
こうした工夫によって、「探偵役から見たワトソン役」という描写も楽しめますし、これまた解説にて述べられていますが、”探偵の心を読者に示しつつ、その探偵が行う謎解きで驚かせる。(本書解説p293より)”というアクロバティックな技巧を楽しむこともできます。
ですが、にもかかわらず、そうした本書の工夫が私にはどうしても目新しいものに思えなくて、それは何故なのだろうと考えていたら、エキセントリックな主人公が探偵役にして語り手を務めるという構図は、小説ならともかくミステリ漫画ではよくある構図だということに思い当たりました。そういう意味では、本書は漫画的な作品である、といえるのかもしれません。
点灯人
明治40年代という舞台と、雑誌記者・里見高弘と、彼の友人にして天才絵師・有村礼の人物描写と関係といった基本設定の説明を踏まえつつ、シリーズ全体の方向性を明示してもいる一作です。まさに「点灯人」です。
真珠生成
人間が追い求めるべき価値概念として、真・善・美の三要素が挙げられることがあります。思うに、天才絵師である礼が美、探偵役である高弘が真を象徴するのであれば、では善とはいったい何なのでしょう?そんなことを考えさせられる作品です。私的本書の白眉です。
人魚は空に還る
果たして人魚は本物か否か。明治40年代という年代だからこそ成立する微妙な謎解きは、迷信を理に落とし込むという意味では典型的なものですが、真偽と善悪のたすき掛けが楽しいです。時代小説としてちょっとしたサプライズが用意されているのも心憎いサービスです。
怪盗ロータス
ホームズ対モリアーティ教授という構図に倣った怪盗ロータスと高弘が対峙する物語。どんな人間にも化けてしまう変装の技と、人を傷つけることなく目当てのものを手に入れる洗練された手口と、犯行現場に必ず蓮の木彫を置いていくことから「怪盗ロータス」と呼ばれている犯罪者。そんな彼が今回に限って予告状を送ってきたのは何故なのか?怪盗対探偵の構図ばかりに注目が行きがちですが、怪盗が本来的に相手にするのは目標である盗品の所有者(被害者)です。そんな被害者の屈折した心情が怪盗というフィルターを通して語られている佳品です。
何故、何故
「僕がワトソンで、お前がホームズだ。さあ謎を解け」
(本書p265より)
文庫化に際して収録された一作。上記の理由によって、ワトソン役というよりも狂言回し役に近い有村礼の、ワトソン役としての心情が語られています。本書の掉尾を飾るに相応しい作品です。
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