『シオンシステム[完全版]』(三島浩司/ハヤカワ文庫)

シオンシステム[完全版] (ハヤカワ文庫JA)

シオンシステム[完全版] (ハヤカワ文庫JA)

 かつてこのようなことをいった親友がいた。人とはいずれ自分のいるべき場所に行き着くものなのだと。そしていまいる場所とは現時点でいるべき場所なのだと。たとえ不遇のもとにおかれても、人とはその中でもっともふさわしい場所に行き着くものなのだと。すべては運命なのだから。
 その半分は因果と呼ぶべきだと新海英知は指摘した。過去を振り返って実感する一本の道筋は、結果論が先に立つ原因の積み重ねでしかない。運命とは固定されていて逆らいがたいものだ。そして、未来を意識したときに初めてその存在の是非を自らの目で確かめてゆくことができる。
(本書p103より)

 新種の原虫アイメリア・シオンを体内に取り込むことで免疫力を大幅に向上させる「虫寄生医療」の発達は、既成の医療技術のみならず国のあり方、ひいては世界のあり方までをも変えようとしていた。さらに、「虫寄生医療」の先には「シオンシステム」と呼ばれる驚愕の”系”は、未来の医療技術すら不要としてしまうものであった。ただし、その”系”が完全なものであれば……。日本最古のSFと目される『竹取物語』を下敷きにしたメディカルバイオSF、それが本書です。
 本書は、2007年に徳間書店から刊行された単行本に、〈SF Japan SUMMER〉掲載「続シオンシステム 前篇」〈SF Japan WINTER〉掲載「続シオンシステム 後篇」を加え大幅に加筆修正されたものです。つまり、タイトルのとおり「完全版」です。
 寄生虫の医療への利用といえば、藤田紘一郎藤田紘一郎 - Wikipedia)などによって提唱された寄生虫によって花粉症などのアレルギー症状を抑えることができるという説があることくらいしか私は知らないわけですが(汗)、その程度の知識で充分楽しめました。メディカルバイオSFとオビには銘打たれておりますが、前半は確かにそうした印象を受けるものの、後半からはむしろ文系SF的な印象のほうが強くなります。医療技術の進歩は生命倫理と密接な関係にあります。その意味で、医療SFから文系SFへのシフトは理解できます。とはいえ、医療SFとして過度な期待をされてしまうとしょんぼりかもしれません。
 「竹取姫」のモチーフ性は、物語がかなり進んでから明らかとなります。正直、途中までは「どこが竹取姫?」と思いながら読んでました。あまりこの点を強調したり期待したりしないほうがよいかと思われます。というより、著者あとがきにもあるようにメインの題材は「鳩(伝書鳩)」です。
 物語は幾人もの人物の視点から語られます。ちょっと物語が散漫になってるきらいがありますし、物語の展開としてもご都合主義が過ぎる気がします。読み進めるのはなかなかしんどかったです。ただ、”系(システム)”の話としては、視点人物が多くなるのは当然です。「シオンシステム」のみならず医療技術を巡る官・民・学の連携と緊張関係、医療技術の進歩が健康保険や年金といった社会問題や政治問題に与える影響といった社会のシステムの変容の可能性を描き出しているのにはとても好感が持てます。「虫寄生医療」が提示するのは「共生」です。それは、生物学的な意味でヒトはどうあるべきかという問いだけでなく、「誰と共に生きるのか?」という個々人の生きるのスタンスまでをも問いかけてきます。そういう意味では、深さより広さで勝負している作品として評価すべきだと思います。