『JOKER(2)』(上杉可南子/ジュールコミックス)

JOKER(2) (ジュールコミックス)

JOKER(2) (ジュールコミックス)

将棋以外のものを全部捨てれば将棋が強くなるなら
プロ棋士はみんな喜んで捨ててるわよ!
だけど自分ひとりの力だけじゃ
たどり着けない場所がある――――
(本書p146より)

 小学生と同棲しているという恋愛漫画2冊目です。とはいえ、1巻を読んだときの印象と比べれば、本書は将棋漫画としても恋愛漫画としても、意外と本格的というかしっかりしたものになっているような気がします。オビには「さえない女流棋士にも、ついに人生最大のモテ期がキタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!!」とありますが、客観的に見ればモテ期というほどモテてるわけでもなく(それでも、プロポーズは大きいですが。)、そこはかとなく涙と笑いを誘います。
 子供と同棲することで、10年後とか長いスパンの人生を嫌でも考えさせられることになります。ですが、それが一花にとっては良い方向に働きます。ともすれば、目先の勝利にばかり捉われて刹那的な人生観に陥りやすい勝負師にとって、戦い”続ける”ことのモチベーションをどうやって見出すのかは大切なことだと思います。それが子供というのが、主婦向けの漫画雑誌に連載されている本作の意義なのでしょう。
 かつての元天才少女棋士として現天才少女棋士と対局したり、現タイトルホルダーに因縁つけられたりと、盤上盤外での心理や駆け引きが意外なほど(笑)しっかり描けているのは1巻同様です。本書にはbattle.6からbattle.10までが収録されていますが、battle.10はほとんど対局シーンで占めてますし、将棋漫画として1巻以上に楽しむことができます。



 というわけで、作中の盤面について少々。まずは斉藤一花女流二段対清宮女流1級*1戦です。
●第1図(p17より)

 いきなり絶体絶命です(笑)。▲1九玉しかありませんが(▲1八玉は△1七歩を打たれて損)、そこで一花が危惧するとおり△3八香成と詰めろをかけられていたら*2、そのまま一花は負けていたことでしょう。ところが、昼食休憩後、一花の▲1九玉に対し、清宮1級が指した手は△3七香成。この手は金取りを防ぎながら相手玉に迫る意味はありますが、詰めろではありません。一花からしてみれば”おまじない”が功を奏したとしかいえない僥倖です。命拾いした一花はここから攻め合いに転じます。△3七香成以下、▲1四歩△1八歩▲同飛△1七歩に対し、▲1二銀(p33)と王手で銀を放り込みます。△2二玉は▲1三歩成以下詰みなので、△同玉しかありませんが、以下、▲1三歩成△同玉に▲1七飛と詰めろ逃れの王手。
●第2図(p34より)

 △同金は清宮1級の読みどおり▲1四歩以下詰みなので、この飛車は取れません。△1四歩と受けるくらいですが、その場合には▲3七角と成香を外す手が▲1四飛 △同玉▲1五金△同玉▲2六角△1四玉▲1五銀△1三玉▲1四香△2二玉▲1二金の詰めろになります。自玉を安全にしながら相手玉に詰めろがかかるの展開となれば、先手勝勢といえるでしょう。
 続いて研究会の盤面。
●第3図(p97より)

 研究会というより「次の一手」みたいな局面ですね*3。先手の手番で次に指すべき手は?答えと理由は作中にあるとおりです。
 最後は女流王冠戦決勝(タイトル挑戦者決定戦)、一花対布川絹代戦です。
●第4図(p140より)

 「角を2つも取られちゃってるしーッ!!」と形勢を嘆く一花ですが、角はお互い1枚ずつしか持っていないので、正確に言えば「角を2枚持たれてる」でしょう。確かに、盤面を見れば角金交換で一花の駒損ではあります。ですが、6五にいる金が拠点となって3枚の歩が敵陣に迫っています。3枚の歩が左から順にと金に成るような攻め方が見えますし、桂馬を取って5五に打つような手(本譜はこちらを選択)も見えます。なので、ここで一花の手番ということであれば、悲観するような形勢でもないと思います。作中でも駒損を恐れずに積極的に指し進めた一花が勝利を収めています(いかにも元棋譜がありそうな展開ですので、もしもご存知の方がおられましたら是非)。
 斎田晴子女流五段という将棋監修が付いてるだけあって、作中の将棋の内容はしっかりしています。1巻よりも将棋漫画度が上がっているのが個人的にとても嬉しいです。3巻ではタイトル戦(番勝負)が描かれそうですし、続きがとても楽しみです。
【関連】『JOKER(1)』(上杉可南子/ジュールコミックス) - 三軒茶屋 別館

*1:作中では一級と漢数字が用いられていますが、段位と異なり級位は算用数字で表わすのが通例です。

*2:△3八香成は△2九龍までの詰めろですがこれが受け難く、▲2八金は△同龍▲同香△2九金▲1八玉△2八金(成香でも可)までの詰み。▲1八銀でも△1七歩が厳しく、以下▲2六角なら△1八歩成▲同玉△2九龍▲1七玉△1五香▲同角△1六歩▲同玉△2五銀▲1七玉△2八龍までの詰みです。後手玉に詰みはありませんし、△3八香成なら後手勝ちでしょう。

*3:歩の数は適当です(笑)。先手1枚後手5枚は確定ですが、あとは見切れちゃってて分からないので便宜上余りは後手のものにしときましたのであしからず。