『おさがしの本は』(門井慶喜/光文社文庫)

おさがしの本は (光文社文庫)

おさがしの本は (光文社文庫)

 救急センターも未整備だし、市営住宅も老朽化しているし、ごみ処理施設も拡充しなければならないというのに、図書館などという腹の足しにもならぬ文化施設に少なからぬ予算をぶちこむとは本末転倒もはなはだしい、分不相応この上ない。
 むろん諸君(職員)としては不満だろう。腹の足しにもならぬと頭ごなしに決めつけられたのでは。しかしこのなかで誰かひとりでも胸を張って言うことができるのか? この図書館が、図書館でなければ果たせない機能をしっかり果たしていると。貸出の実績を見ても、購入図書の一覧を見ても、事実上、無料貸本屋ではないか。
(本書p117より)

 本書は図書館を舞台にした連作短編ミステリです。短編としては、図書館の職員としてレファレンス・カウンターを担当している和久山隆彦の「本探し」が描かれています。わずかなヒントや記憶を手がかりに目的の本を見つけ出す「本の探偵」、それがレファレンス・カウンターです。今となってはネットやコンピュータの整備により、本探しの手間は大幅に短縮できるようになりました。それでも、まだまだ人間でないと分からない情報というのはたくさんありますし、情報の真偽についても実際に原本をあたって確認しなければなりません。情報化が高度に進んだ社会であるからこそ、より専門的なレファレンスサービスが求められているといえます。
 で、本書で描かれているレファレンス業務ですが、実は結構やらかしてることが多いです(苦笑)。それを欠点と捉えるか面白さと捉えるかは評価の分かれるところだと思います。そもそも、第一話からして主人公がちゃんとレファレンスしてれば何の問題もなかったわけで、そう考えてしまえばミステリとしては不出来ということになるのでしょう。ですが、回り道も決して無駄にはならないのが「知の迷宮」たる図書館の魅力です。そうでなくても、本好きにとって本探しというのは楽しいものです。例えば、第五話「最後の仕事」で問題となる「男性器で白い障子をつぎつぎと突き刺す場面のある小説(ただし石原慎太郎にあらず)」という作品など、それを知らない人にとっては気になって仕方がないでしょう。
 作品全体を通して描かれているのは行政機関としての図書館の存在意義です。地方自治体の予算がすべからく逼迫している現状において、果たして図書館は本当に必要だといえるのか。市民にとって図書館とはいったい何なのか?図書館を舞台にしたお話というのは、ともすれば本好きにとってのファンタジーになりがちですが、本書は行政機関としての図書館という側面に焦点が当たっているのが大きな特徴です。それによって現実との接点、政治的折り合いというものが描かれています。ミステリという割り切れる形式で進みつつ、どこか割り切れなさの残る物語。でも、それこそが現在進行形である図書館問題の現実なのだと思います。とはいえ、図書館の必要性について、ひとつの力強い主張がなされている点については、本好きの一人として率直に嬉しく思います。それでもやはりもっと説得力のある理由が欲しいとも思うのですが、それはつまるところ「人間」に帰することになる、ということなのでしょう。
 図書館という行政機関を通じて書物と人間の関係を見つめ直す佳品です。オススメです。