『ミステリウム』(エリック・マコーマック/国書刊行会)

ミステリウム

ミステリウム

「世界に正義をもたらし、犯罪者にその罪の償いをさせたくて警官になるものもいる。私のように、謎が好きだから加わるものもいる。私たちをひきつけるのはその課題なのだ」
 私はなにもいわなかったが、じつはそのような考えに心の底から驚いていた。
「こうも思うのだ」行政官はいった。「犯罪から利益を得ることより、われわれに驚くべき謎を提供することに感心のある犯罪者もいるにちがいないと」
(本書p10〜11より)

 ”ミステリウム”と打とうとしたら”ミステリ有無”と変換されたわけですが、あながち間違いでもないな、と苦笑せざるを得ませんでした。端的にいえば、本書はそんなお話です。
 小さな町キャリックで起きた不思議な事件。それは、町の住人が失語症を伴う不思議な大量死であった。謎めいた手記を駆け出しの新聞記者である”私”に向けて書き記した薬剤師ロバート・エーケン。毒殺者として告発されている彼は果たして本当に犯人なのか? ブレア行政官から真相の解明を依頼された”私”は、生き残っている住人から証言を聞きだすことで事件の謎を解き明かそうとするが……。といったお話です。
 巻末の訳者あとがきによれば、本書の題名である mysterium は、「秘密」「奥儀」「秘儀」といった意味をもつラテン語で、英語の mystery の語源とされています。さらには「手仕事、技術」「同業者組合(ギルド)」といった意味をももつようになった言葉です。本書はそれらの様々な意味を下敷きにした作品であり、ミステリーとしても十分に楽しめる作品であるがゆえにあえて「ミステリウム」と表記した、とのことです(本書p311参照)。

「真実? 真実を語るのが可能なのは、あなたがあまりよく知らないときだけよ」
(本書p134より)

 例えばテストで5つの選択肢の中から正解をひとつ選ぶ問題があったとして、深く考えずに答えを選んだものの、よくよく考えたらその答えがおかしいものに思えてきて熟慮の末に別の選択肢を答えに選び、テストが終わって答え合わせをしてみたら最初に選んだ答えが正解だった。などということは誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。こうした例えは、本書の内容を説明する上で必ずしも適切なものではありません。ただ、本書の面白さの一端を説明する上ではそれなりにかすっていると思ってはいます。
 さらにネットの海を泳いでみたら面白い文章を発見。

アンチ・ミステリと書いたけれど、むしろアンチ・フィクションと呼ぶべきかもしれない。
http://speculativejapan.net/?p=180より

 という評価はまさに同感です。他にもいろいろ興味深いことが書いてあるので読んでみて欲しいのですが、実際の刑事事件を考えると必ずしもアンチ・フィクションとは言い切れないのが面白くも恐ろしいです。なぜなら、現実の刑事裁判においても供述調書や状況証拠を基に検察や裁判官の「想像」によって判決が下される例が多々あるわけで、しかしながら、最近になってそうした点についての問題意識が広く共有されてきています。そうした現状に鑑みますと、本書におけるアンチ・フィクションという評価はより意味深かつ辛辣なものに思えてきます。
 もちろんアンチ・ミステリとしても十分に興味深い内容です。また証言者の個性的なキャラクタやエスプリの利いた言葉遊びや箴言はそれだけで楽しめます。ねじくれたプロットでありながら証言ごとに話が区切られる読みやすい構成なのも巧みです。読み手を選ぶようで実は選ばない作品なのではないかと思っています。多くの方にオススメしたい一冊です。