『サクラダリセット 5』(河野裕/角川スニーカー文庫)

「管理局にみつからないまま、私を普通の女の子にすることが、貴方にできる?」
(本書p15より)

 未来視の能力を持つ少女、相麻菫。彼女を普通の少女に戻すため、ケイは咲良田の外に移住することを彼女に提案する。だがそれが果たして上手くいくのかはケイにも分からない。確証を得るためにケイは管理局の仕事を引き受ける。それは、9年間眠り続ける少女の「夢の世界」へ入り、「夢の世界」と現実との違いを調査するというものであった。「夢の世界」で相麻菫が外に出た場合をシミュレートしようと目論むケイ。そんな「夢の世界」でケイを出迎えたのは、チルチルと青い鳥、そしてミチルだった……というお話ですが、これだけでは何のことやら分かりませんね(苦笑)。

 今回のストーリーでは、メーテルリンクの『青い鳥』をかなり重要なモチーフとして使用しています。シンプルなことをシンプルに書いているのに、読み解こうとすると途端、それがとても複雑なものに見えてきます。でも複雑になってしまったそれを、もう一度シンプルな形で受け入れる感覚を取り戻さなければ、きちんと理解できない物語――なのだと、私は思っています。
(本書あとがきp413より)

 ただ、『青い鳥』における「青い鳥」とは、本シリーズにおける「マクガフィン」の役割と重なります。そういう意味では、本書単体のモチーフというよりはシリーズ全体のモチーフとして重要であるようにも思います。
 ”探しものは何ですか? 見つけにくいものですか? カバンの中もつくえの中も探したけれど見つからないのに。まだまだ探す気ですか? それより僕と踊りませんか? 夢の中へ、夢の中へ、行ってみたいと思いませんか?” ……とは、井上陽水『夢の中へ』の一節です。聞いたことない、という方もおられれば、懐かしいという方もおられるでしょう。本書は、そんな知ってる人には懐かしい(?)要素がいくつか散見されます。
 例えばオビにも引用されている「私を普通の女の子にすることが、貴方にできる?」という言葉はキャンディーズ解散での。「私達、普通の女の子に戻ります」を思い起こさせます。また、シナリオや写本といったギミックについては『新世紀エヴァンゲリオン』のゼーレのシナリオとか死海文書といった単語が、「夢の世界」とモンスターが暴れる様子は『涼宮ハルヒの憂鬱』の閉鎖空間と神人、索引さんの色で感情を見分ける能力――嘘は赤く見えるという能力は『うみねこのなく頃に』の「赤き真実」*1といったものを、それぞれ思い起こされるという方も決して少なくはないでしょう。そもそも、ひとつの街に能力者が集うという本シリーズの設定自体が私的にはジョジョ第4部を想起せずにはいられないわけですが、そんな既知の要素をパロディとしてではなくどこか郷愁を感じさせる物語の雰囲気の中に溶け込ませているのが本作の巧みな点だと思います。
 リセット、未来視、そしてシナリオ。メタゲーム(哲学)とでもいうべき状況を呈してきている状況で「夢の世界」というのは、本作においては風前の灯火とも思える自由意志の存在にとって、儚い最後の砦のようにも思います。「夢の世界」の中では全能の存在として振舞うことのできる能力、片手間で作れてしまう幸福、安易な楽園を生み出す能力「ワンハンド・ヘブン」。それのどこがいけないのか。幸福に嘘とか本当とかあるのか。自分が持っているものは素晴らしいんだと思い込む心理のことを本書では、イソップ童話の『すっぱいブドウ』とは逆さまのスイートレモンと呼ばれ説明されているわけですが、本書のストーリーは相当に苦いです。
 儚いといえば、本書ではリセットによって新たに生み出された可能性よりも、それによって切り捨てられた可能性、失われた可能性のほうに実はかなり筆が割かれています。人の夢と書いて儚い、とはよくしたものです。
 ともすれば観念的になりがちな物語でありながら食べ物の比喩や食事の場面を頻繁に挿入することでキャラクターの実在感が描き出されていたり、頭でっかちな言動が目立ちながらも実は不器用な恋愛ものだったりもしたりと、バランス感覚がいろんな意味で絶妙です。だからこそ、そのバランスがこの先も維持されたままなのか、それともどちらかに傾くのか非常に興味深いです。シリーズ全体のストーリーも大きく動き出しそうな予感がしますし、続きがとても楽しみです。

青い鳥 (新潮文庫)

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