「親目線」で楽しむ新しい「将棋漫画」、南Q太『ひらけ駒!』

ひらけ駒!(1) (モーニング KC)

ひらけ駒!(1) (モーニング KC)

 雑誌「モーニング」で連載されています、南Q太が描く将棋好きの親子を描く将棋マンガです。
 主人公は、将棋に熱中し将棋道場に通う小学生の男の子・宝と、宝を温かく見守る、将棋ミーハーの母親の二人。
 将棋の大会に出たり、プロ棋士に会ってキャッキャ喜んだり、将棋で負けて泣いて帰ってきた我が子を慰めたりという「日常」を温かく柔らかな筆致で描いています。
 この『ひらけ駒!』、連載開始時にアイヨシが以下のように語っていました。

 このような”指す将棋ファン”のみが将棋を楽しめるといった価値観からの脱却、「将棋を無責任に楽しんでもいい」というトッププロからのアピールが、こうした将棋漫画の活況の根底にあると考えられます。本作は、そんな”将棋を観る”母親が主人公ということで、これまでの将棋漫画では描かれることのなかった将棋の魅力を引き出してくれそうな期待が持てます。今後の展開が楽しみです。

三軒茶屋別館 モーニングで南Q太による将棋漫画『ひらけ駒!』の連載が始まったよ!
 まさしく、この『ひらけ駒!』は、他の将棋マンガとは、やや毛色が異なり、それでいて新たな将棋の魅力を描いています。
 他の将棋マンガ、例えば『ハチワンダイバー』、例えば『王狩』などでは、将棋という「勝負」を作品の中心に据えています。また、『3月のライオン』では、「棋士」という「勝負事に身をおく職業」として描き、主人公の人間的成長を描きます。
 しかしながら、この『ひらけ駒!』は、「将棋」を描いているものの、「勝負」「棋士」という「将棋」のど真ん中ではなく、「将棋」という「文化」を形成する様々な要素をみっちりと描いているのです。
 例えば、千駄ヶ谷にある将棋会館で駒をウィンドーショッピングしたり、
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将棋雑誌「将棋世界」のバックナンバーでプロ棋士の昔の姿にときめいたり
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と、徹底して「将棋ファン」の「日常」を描いています。
 この漫画が絶妙なのは、「将棋好きの息子を見守る母親」の視点から物語を描いていることです。
 「将棋好き」を母親目線で描くことで、一歩引きながらも母親とともに息子を応援したくなり、ひいては「息子の好きな将棋そのもの」を応援したくなります。
*3
 この「親目線」という観点でフジモリが思い出したのが、ブルボン小林の漫画エッセイ本『マンガホニャララ』で、ひぐちアサおおきく振りかぶって』を語った一節です。

 最近のスポーツ漫画『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ)は、かつての荒唐無稽な必殺技や過酷な修行合戦ではなく、理論的に野球の醍醐味を描いた傑作だが、脇役の「見守り」ぶりもまた素晴らしい。
 まず多い。登場する球児ごとに、母親や家族を漏れなく登場させる。どの母親たちも魅力的に細やかに描き分ける。応援席で(単に息子の応援のためだけではない、球場という非日常の景色のせいで)軽くはしゃいでいる様子がリアルだし、対戦相手のビデオ撮影を任されたりという「現場の」描写もある。応援団やチアガールたちも、その成り立ちからしっかり描く。そこまでが全て野球なんだ、といわんばかりだ。
(P34,35より)

三軒茶屋別館 ブルボン小林『マンガホニャララ』文藝春秋
 この「周りのものを全てひっくるめて描く」という点では、ツジトモGIANT KILLING』(ジャイアントキリング)も同じような印象を受けます。この漫画もまたサポーターまで含めて「サッカー」を描いている、傑作の「サッカー漫画」です。
 『ひらけ駒!』はどちらかというと、将棋の中心を取り囲む「周りのもの」に焦点を当てている漫画であり、だからこそ他の将棋漫画と毛色が違うのだと思います。
 例えば、メジャーなスポーツは、ルールを知り「勝負そのものの駆け引き」を楽しむ、という楽しみ方が第一義ですが、プロ野球選手のエピソードや経歴、ドラフトの悲喜こもごもが好きな人もいるでしょう。お気に入りのチームの勝った負けたで騒ぐ人もいるでしょうし、プロ野球好きの芸能人の熱いトークを楽しむというメタな楽しみ方をする人もいるでしょう。
 スポーツにしても、文化にしても、熟成されたジャンルは様々な楽しみ方が出来る「余裕」が生まれます。
 プレイヤーである「棋士」そのものではなく、「観客」である「将棋ファン」を描く「将棋マンガ」というのは結構斬新だと思いますし、こういったマンガが世に出る土壌が形成されているのかぁ、と感慨深いものを感じました。
 将棋をまったく知らなくても親子の「日常」を楽しめますし、ちょっとでも知っているともっと楽しい。まさに、「将棋」を取り囲むさまざまな人にオススメしたい一冊です。

マンガホニャララ

マンガホニャララ

*1:P11

*2:P139

*3:P23