『小説家の作り方』(野崎まど/メディアワークス文庫)

小説家の作り方 (メディアワークス文庫)

小説家の作り方 (メディアワークス文庫)

「何が言いたいのかというと、現実の人間も、小説のキャラクターも、頭の中においては得られた情報で作られたイメージである事には変わりがない、という事なんです。人の頭の中では、現実の人間とキャラに本質的な違いはないんです。もちろん現実の人間は能動的ですし触れる事もできますし、小説のキャラよりは圧倒的に情報量が多い。ですがそれはあくまで量の問題です」
(本書p141より)

「私は、この世で一番面白い小説のアイデアを閃いてしまったのです。このアイデアを、この世で一番面白い小説の種を、私の頭の小部屋から解き放ち、一冊の本としてこの世に現出させる事こそが、私という人間の生まれた意味であると確信しております。どうか物実先生のお力をお貸し下さい」駆け出しの作家・物実のもとに送られてきた初めてのファンからのメール。それは小説の書き方指南の依頼だった。どこか世間知らずの女性・紫の依頼を受けることにした物実は、彼女に「小説の書き方」を教えることにするが……といったお話です。
 本書は同作者のメディアワークス文庫4作目です。心の問題とデータの問題の同格化の問題、というのは作者の1作目『[映]アムリタ』を読んだときに抱いた感想ですが、そうしたテーマは1作目から4作目まで一貫しているといえます。野崎まどという作家は。自作を読者の頭の中にインストールすることで少しでも自作を他者の頭の中に残したいと願っている作家なのではないかと思います。
 本書のタイトルは『小説家の作り方』です。『小説の書き方』ではありません。本書の冒頭で早々に作家の文章をパターン解析によって再現するプログラムといったものが出てきますので、てっきり小説の自動生成などについてのお話なのかと思いきや、その後ストーリーは作家の物実先生による生徒・紫依代への小説講座『小説の書き方』にすんなりと移行します。おや?と思ったら実は……。「小説の書き方」に書いて書くことによって小説が書かれるという本書は、いうまでもなくメタ小説ですが、そうしたメタさがなくては書くことのできない要素が本書には含まれています。
 「この世で一番面白い小説」とはいったいどんな小説でしょうか? 私が本書のタイトルを見て真っ先に連想したのは『あなたのための物語』(長谷敏司/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)なのですが、その本を読んだときに想起したのは「小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思います」*1という北村薫の言葉です。してみると、「この世で一番面白い小説」とはそうした抗議をする必要がなくなる小説、すなわち、その小説を読むだけで他の小説――その人の人生を含めて――を読む必要がなくなってしまう危険な小説のことなのかもしれません。
 小説とは何なのか? 定義が不明もしくは曖昧な概念を小説で表現するというのは前作『死なない生徒殺人事件』同様に図々しくも巧妙な試みだといえます。もっと深く難しく書けそうな題材をあっさりと仕上げている点を、逃げもしくは物足りないとマイナスに評価することもできるでしょうが、読みやすくてシンプルなストーリーをプラスに評価することもできるでしょう。私としてはひとまず本書をプラスに評価した上で、さらにワンステップ上の作品として『あなたのための物語』を強くオススメしたいです。
 よくも悪くも野崎まど節が楽しめる安心の一冊です。

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

*1:『空飛ぶ馬』単行本版よより。