『アクセル・ワールド〈6〉浄火の神子』(川原礫/電撃文庫)

 冒頭での、各種資格の取得年齢が引き下げられて普通自動車運転免許が16歳で取得可能になったり労働基準法の改正によって16歳からフルタイムの社員として雇用可能になっているといった社会的背景の説明が面白いです。その要因が、際限なき少子高齢化による崩壊寸前の社会保障システムを維持するため、というのは確かに説得力があります*1
 『ウェブ進化論』(梅田望夫ちくま新書)では、将棋棋士羽生善治名人が述べた「高速道路」論が紹介されています。

「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています」
(『ウェブ進化論』p210より)

 こうした「高速道路」化は将棋界に限らず他の分野においても同じことがいえます*2。その結果、「大人になる」ことまでも「高速道路」が敷かれてアクセルが踏まれたのが『アクセル・ワールド』の社会であるということがいえます。だとすると、その先にはやはり「大渋滞」が起きているのかが非常に気になりますが、それは今後の物語の展開次第では描かれたりするかもしれません。勝手に期待してます(笑)。
 六大レギオン合わせて600人とそれ以外の中立のバーストリンカーが400人いるという状況は、『幽遊白書』魔界編の三国王とそれ以外を思わせるような勢力関係で面白いです。そんな《停滞状態を打破せんとする者》として黒雪姫への期待は、中立のバーストリンカーのみならず一読者としての私も期待するところではあるのですが、本書では思わせぶりな伏線がまたもや貼られまくりで、新キャラもまだまだ登場する気配があります。おまけに本巻はまたもや次巻に続きます。《ブレイン・バースト》がクリアされてその謎が解き明かされるのはかなり先のことになりそうです。
 新キャラ四埜宮謡は小学四年生の女の子で運動性失語症を抱える第一期・ネガ・ネビュラスのメンバーです。様々な世代の垣根を超える共通言語としてのゲーム、障害者のコミュニケーションツールとしての可能性を拡げたネット技術の発達と、謡はネットゲームのそうした側面を表現する存在だといえます。謡の大人びた性格や言動もまた社会の「高速道路」化の結果として理解することができます。
 対戦格闘ゲームなのに各種クエストをクリアしていくことでストーリーを続けていくプロット作りはもどかしいといえばもどかしいですが、巧みなのも確かです。後付けの設定にもそれなりの説得力がちゃんと用意されています。なので、次巻においていかなる事実が明らかになるのか、悔しいですがとても楽しみです。
【関連】
『アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還』(川原轢/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館
『アクセル・ワールド〈2〉紅の暴風姫』(川原礫/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館
『アクセル・ワールド〈3〉夕闇の略奪者』(川原礫/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館
『アクセル・ワールド〈4〉蒼空への飛翔』(川原礫/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館
『アクセル・ワールド〈5〉星影の浮き橋』(川原礫/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館
『アクセル・ワールド〈7〉災禍の鎧』(川原礫/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

*1:ちなみに、本作の時代は2040年代です。

*2:【参考】文芸版「高速道路論」 - 三軒茶屋 別館