ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 15巻』将棋講座

ハチワンダイバー 15 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 15 (ヤングジャンプコミックス)

 遅くなりましたが(汗)、『ハチワンダイバー 15』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と。)
 15巻では鬼将会が育てた各国最強の将棋指しで構成されたチーム”世界隊”とそよとの対局がメインとなっておりますので、それらの将棋について解説することにします。
 まずはそよ対ロシア最強戦から。
●第1図(p94より)

 そよの玉は手付かずで安全なのに対して、ロシア最強の玉は左右挟撃形で今にも寄せられてしまいそうです。そんな中放たれた▲3九金。この手で後手の飛車は詰んでいます。で、△同飛成▲同銀△同龍と本来なら2枚換えを挑みたいのですが、飛車を渡してしまうと▲7二飛の一手詰めなのが辛いです。かといって、△5二玉と早逃げしても▲4三歩といった攻めが厳しいです。なので、投了もやむなしでしょう(ただし、この場合は▲3九金よりも▲4一角や▲4三歩といった手(ともに詰めろ)の方がより厳しかったようにも思いますが)。
 続いて対韓国最強戦です。
●煙詰め(p99より)

 江戸時代の天才的詰将棋作家・伊藤看寿(参考:伊藤看寿 - Wikipedia)の詰将棋作品集『将棋図巧』(参考:将棋図巧 - Wikipedia)収録作99番『煙詰』です。解答手順はp104〜105に記されているとおりですが、盤上の駒が少しずつ消えていき、最後は最小詰め上がり単位で詰んでいく過程はまさに圧巻です。芸術作品という表現も決して大げさなものではないと思います。
【参考】『3月のライオン』と『ハチワンダイバー』と詰将棋 - 三軒茶屋 別館
●第2図(p110〜111より)

 Zと必至*1。まさに投了の方程式で、意味はそれぞれ欄外で説明されているとおりです。補足するとすれば、”Z”は”ゼ”ともいいまして”絶対(ぜったい)詰まない”の頭文字を取って”ゼ”といわれるようになって、そこからZともいわれるようになりました*2。なんとも安直なネーミングですが、終盤において極めて重要な概念・考え方です。ハチワンでも幾度もその優秀性が指摘されている穴熊囲いも、王手がかからない=Zだからこそ強力であるといえます。『Zの法則―ゼったい詰まない終盤の奥義』(日浦市郎/MYCOM将棋文庫)というZをテーマとした棋書も出ているくらいなので、興味のある方は読んでみるといいと思います。 ちなみに第2図ですが、▲1二銀で後手玉は受けなし(=必至)です。次に▲2一金(or▲2一銀右成or▲2一銀左成)までですが、△同香と取るのは▲2一銀成まで。△同玉も▲2一銀不成△2二玉▲3二金まで。△2四歩と逃げ道を作っても▲2三銀右成まで。Zである先手玉を詰ます手段もないので投了やむなしです。
 続いて、対フランス最強戦……は飛ばして(笑)、対アメリカ最強戦です。
●第3図(p124より)

 5千人が固まった、とありますが、これは米長邦雄永世棋聖考案「新鬼殺し」です。
将棋奇襲〈2〉新鬼殺し戦法 (MAN TO MAN BOOKS)

将棋奇襲〈2〉新鬼殺し戦法 (MAN TO MAN BOOKS)

 専門の棋書も出ている戦法なので、5千人もいて誰も見たことがないというのもおかしな話でしょう(笑)。しかし、実際問題としてあまり見ない指し方なのも確かです。そよが読みを入れた角交換後の4箇所の角打ち、あるいは鬼殺しと同様の△6二金の受けについては、上記棋書にて詳細に解説されています。それによりますと、いずれも新鬼殺しよしということになっています。とはいえ、如何せん少々古い棋書なので、結論をそのまま鵜呑みにするわけにもいかないのですが、とはいえ、あまり見ない戦法なのでデータ不足というのが本当のところです。
 ちなみに、そよが実戦で指した△3二金は当該棋書には載っていない指し方です。これはひとまず角交換に備えてから確実に飛車先の歩を突いていこうという指し方で、発想は対ゴキゲン中飛車の▲7八金に通じるものがあるといえます。また、相手の狙いを外す意味もあります。反面、振り飛車に対しては△3二金は損な指し方であるとされているので、善悪は微妙ですが……。
 ただ、これを”避けた”といってしまうのは、これまた微妙な気がします。自分の土俵・スタイルで戦うのは勝負であれば当然のことだといえるでしょうし、わざわざ相手の土俵で戦う必要もないでしょう。その一方で、勝負事における気合というものは確かにあります。勝負の難しさであり面白さでもあります。
●第4図(p132より)

 投了図ですが、この△9二角で先手玉は詰んでいます。指すなら▲9三玉しかありませんが、△5六角の開き王手で9二に何を合駒しても△同香までの詰みです。
 最後に、対ドイツ最強戦です。
●第5図

 いわゆる筋違い角戦法です。筋違い角戦法については、『イメージと読みの将棋観』にて6人の棋士が見解を述べていますが、ぶっちゃけ評価は芳しくありません。
イメージと読みの将棋観

イメージと読みの将棋観

 理由は、角を手放すというデメリット(持ち角のままの方が相手の駒組みに制約を与えることができる)、筋違い角はノーマルの角に比べて動けるマスが少ない(ノーマル角は16マスなのに対し筋違い角は14マス)、筋違い角の利きには他の駒がいることが多い、などです。
 反面、筋違い角には、確実に一歩得することができる、後手の振り飛車を封じることができる、というメリットもあります。また、多少強引であっても自分の土俵で戦うことができるという意味で、一発勝負の多いアマチュアでは愛用者の多い戦法でもあります。
 ドイツ最強の独特の指し回しに前局の内容を引きずったままのそよは苦戦を強いられます。しかし、無理やり玉頭戦に持ち込むことで活路を見出します。
●第6図(p171より)

 作中でも述べられているとおり、下手に王手をすると△同金が逆王手になってしまって先手玉が詰んでしまいます。▲2七玉と指しても△3七金まで。投了もやむなしです。

 以下、盤面以外の事柄について少々。
 15巻のメインテーマは将棋の海外普及です。
 囲碁に比べると将棋の海外普及は一歩も二歩も遅れをとっているのはその通りです。で、チェスという大ボスの存在もその通りだと思いますが、チェスと比べると将棋の戦略性の深さは何百倍、とまでいってしまうと語弊がある気がしないでもないです。確かに、持ち駒が使えるというのは将棋というゲームを複雑なものにしている大きな要素だといえます。しかし、将棋には持将棋を除いて存在しない引き分けという概念があるからこその駆け引きも存在するはずです。まあ、将棋馬鹿の鬼将会の発言ということでチェスファンには大目に見て欲しいです(笑)。
【参考】将棋の海外伝播などについてのブログ: 「ハチワンダイバー」15巻を読んで
 また、作中に出てくる外国人が将棋を覚えるための駒、いわゆる国際駒と呼ばれるものは実在します。以下のページに詳しいので紹介しておきます。
【参考】ZAPATEADO ~サパテアード~ - FC2 BLOG パスワード認証
 ネット上では海外に将棋を普及するために様々な活動を行なっている方がいます。そんな方々のブログ・サイトをいくつか紹介しておきます。
新着情報 - 将棋を世界に広める会
英語で世界に発信するブログ/ウェブリブログ
将棋の海外伝播などについてのブログ
ZAPATEADO ~サパテアード~ - FC2 BLOG パスワード認証youtubeで将棋関連の動画を作成されている方のブログです。)
San Francisco Shogi Club(日本将棋連盟サンフランシスコ支部)
LUZ INFINITA SHOGI 無限光将棋(チリで将棋を広められている方のブログです。)
 以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正しますので(笑)。

【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 14巻 16巻 17巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる

*1:必死とも。

*2:参考:『日本将棋用語辞典』(原田泰夫/東京堂出版)p111〜112より。