『兄の殺人者』(D・M・ディヴァイン/創元推理文庫)

兄の殺人者 (創元推理文庫)

兄の殺人者 (創元推理文庫)

 弁護士事務所の共同経営者である兄オリバーの死。仕事でもプライベートでも確かにオリバーはトラブルを抱えていたが、しかし警察の捜査に納得の行かないサイモンは独自の捜査を始めることにするが……。といったお話ですが、なるほど面白かったです。クリスティが賞賛したというのも納得です。
 本書はD・M・ディヴァインのデビュー作です。”英国探偵小説と人間ドラマを融合”というのが裏表紙に書かれている本書の売りですが、そうした評価に違わぬ内容だといえます。
 本書の登場人物、つまりは容疑者候補はそんなに多くはありません。犯人当て小説としての難易度はそんなに高くありませんが、その真相を支えるロジックの確かさ・伏線の妙には唸らされます。また、殺人の被害者である兄オリバーの人間関係と、探偵役をつとめる弟サイモンの人間関係と心理描写とが、一連の捜査の手順を踏みながら丹念に描かれています。それゆえに探偵小説と人間ドラマとが融合しているといえますし、他意なくいえば「人間が描けているミステリ」だといえます。そういう意味でミステリ読み以外の方にもオススメできるお話ではあります。
 もっとも、主人公や関係者の人物描写や人間関係に筆が割かれているだけに、ミステリとしての問題が提起されるのは物語も中盤になってからで、ともすれば少々飽きがきてしまう方もおられるかもしれません。しかし、そうした人物描写によって生まれる感情移入がときにはレッド・へリングとして、ときには伏線として機能していることを見逃すわけにはいきません。ミステリは必ずしも「人間を描く」必要があるジャンルだとは思いませんが、だからといって人間を描くこととミステリであることとが必ずしも対立関係にあるわけでもなくて、両者は両立し得ます。本書はそのことを示す好例だといえます。
 その一方で、本書はある程度ミステリを読んでいる方が楽しめるであろう要素も兼ね備えています。例えば、弁護士が探偵役を務める場合、普通は被疑者となっている人物の無実の罪を晴らすために捜査を行ないます。しかしながら、本書の場合には、まずは被害者である自らの兄の人間的真実を求め回復するためにサイモンは捜査を始めます。また、先に本書の主人公であるサイモンを「探偵役」と述べましたが、厳密な意味で探偵役と呼べるかというと実はかなり微妙です。そんなサイモンの立ち位置の微妙さは、関係者一同を集めて行なわれる謎解きの場面において表面化してきます。ここでのサイモンの苦悩は、ミステリ読みであれば苦笑しつつも同調していただけるものと思います。
 このように、本書は伝統的かつ本格的なミステリとしての要所を押さえつつ捻りも加えられています。ビギナーからコアなミステリ読みにまで広くオススメの一冊です。