『3月のライオン』に描かれた「さらなる一歩」と「背負うもの」

3月のライオン 4 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 4 (ヤングアニマルコミックス)

羽海野チカ3月のライオン』4巻が発売となりました。
すでに各所から絶賛の声が聞こえていますが、この巻でまさに加速度的に物語が盛り上がります。
しかもそれがまた、主人公の桐山ではなく脇役の島田開八段にフォーカスしながら盛り上がっていくという、ほんと「羽海野チカ・・・恐ろしい子・・・」と思わせられた巻でした。
3月のライオン』という物語は、主人公・桐山零や彼を取り巻く人たちが、少しずつ何かを取り戻していく、その緩やかな「回復」を描く物語であると思うのですが、今巻ではその一つとして「背負うもの」に焦点が当てられていたと思います。
(以下、この巻のストーリーについて語っていますので未読の方はご注意ください)

島田研究会という「居場所」

前巻で島田開八段に「アタマをかち割られた」主人公・桐山零は、研究会に入ることを志願します。
川本家という「母性」を司る居心地がよい居場所とは別の、「父性」を司る自身を切磋琢磨される新たな居場所でもあります。
メンバーは二海堂晴信と重田盛夫(新キャラ)。
実践練習と検討会を行う研究会*1というコミュニティのなか、「将棋」という触媒を通じ、メンバーと喧々諤々しながらもコミュニケーションをとっていく零。
*2
思うに、零が今まで居た場所(学校など)それまでこういった「喧嘩」のようなやりとりはなかったでしょうし、あえて突き放した言い方をするなら、「ようやく子供のコミュニケーションがとれた」状態であるともいえましょう。
そういう意味では、島田研究会という居場所は厳しい「父性」を象徴し、別方向から彼の「回復」を助ける場所になるのだと思います。
『3月のライオン』で描く「母性」と「父性」 - 三軒茶屋 別館

前に進んでいる

研究会で、二海堂に来期は同じリーグで戦えることを告げられた零。
彼の「進み」に対し、自身はこの一年、何も変わっていないと自虐します。
*3
しかし、自身では感じていないのかもしれませんが、川本三姉妹と知り合い、一歩一歩前に進もうと努力した彼の姿を、周りはしっかり見てくれています。
*4
螺旋は一周回って同じX軸Y軸の座標に戻ったように感じたとしても、前よりも上の位置(Z軸)に立っているのです。
そしてそれをしっかりと意識させてくれる人々の存在がまた、彼をさらに一歩前に進ませるのです。

「背負うもの」

そして、前に進むこと、成長することはすなわち、「背負うもの」が増えるということです。
研究会での師匠となった島田開八段は獅子王戦でタイトルホルダーである宗谷獅子王(名人)と戦います。
彼はまた零にとっても、最終的に倒す相手であり、また先代中学生プロとして自身と比較される、まさに彼のコンプレックスを大いに刺激する存在でもあります。
*5
その宗谷名人(←あえてこの称号ですすめます)の圧倒的な強さ。
自身の故郷である山形県天童市将棋の街です)での対戦までもっていきたい島田八段ですが、あっという間にカド番(次に負けたら終わり)に追い込まれます。
負けたくないと渇望する島田八段。故郷の希望を背負い、胃を痛め、恋人を捨ててまでここまで進んできた彼の姿に、零は大きく影響を受けます。
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背負うものが大きくなればなるほど、プレッシャーは大きくなり、負けることができなくなる。
これまで、零は自身の姿しか見えず、勝敗も自身の矜持とコンプレックスと存在価値という狭い範囲でのみ意識していました。
しかし、自分以外のものを「背負う」島田八段の姿はまた、彼がこれまで知ることのなかった世界でした。
そして、そんなに「背負うもの」があってもなお、勝負という世界は残酷に勝者と敗者を生み出します。
*7
勝ちたいと思う気持ちは皆同じ。しかし、勝負事には勝者と敗者が存在する。
「将棋」のみならず勝負事の世界が持つ残酷さと、だからこその純粋さが上のひとコマに描かれていると思います。



孤独であるということは、「なにもない」こと。
しかし孤独から前に進むことは、自然と何かを「背負う」ことでもあります。
零は、前に進むと同時に、「背負うもの」が増えていくでしょう。そして、それゆえに孤独だった頃には持たなかった悩みを持つことになるでしょう。
それでもなお前に進んでいこうとする「意志」を見せた彼の姿に読者も目が離せないでいるのだと思います。
島田八段の「無念」をも背負い、前に進む、主人公・桐山零。
4巻は彼がさらなる一歩を踏み出した感でもあり、新たな嵐に身を置いた巻でもあります。
彼を取り巻く人間模様同様に、5巻もまた楽しみです。
【ご参考】
『3月のライオン』は『ハチワンダイバー』とは真逆のマンガかもしれない - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン』が描く3つの孤独 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン』で描く「母性」と「父性」 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 1巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 2巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 3巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館

*1:詳細については先崎八段のコラムにうまく書かれています。

*2:P16

*3:P71

*4:P96

*5:P35

*6:P106

*7:P168