『3月のライオン』で描く「母性」と「父性」

3月のライオン 3 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 3 (ヤングアニマルコミックス)

羽海野チカ3月のライオン』2巻では、主人公・桐山零を構成する「3つの孤独」について記事にしました。
『3月のライオン』が描く3つの孤独 - 三軒茶屋 別館
彼を取り巻く孤独。それはまた彼の業でもあり苦悩でもあるのですが、3巻では、2巻で描かれた彼の「孤独」を救うであろう「2つ」の要素が強調された巻だと思います。
それは、「母性」と「父性」です。

「母性」=川本家

年末に風邪をこじらせた零。ベッドで寝込む彼を訪ねてきたのは、日ごろから彼に世話を焼いている川本三姉妹でした。
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有無を言わさず川本家に収容された零は、これまで味わったことのない喧騒の中、年越しを迎えます。
零にとって味わったことのない「暖かい」年越し。彼にかける過剰なまでの愛情は、恋人にかけるそれではなく、まさに「家族」にかける愛情と同一でしょう。
それはまた零にとって一人のときの孤独をより深らしめることになるのですが、
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それでもなお、彼にとってその愛情はこれまで受けたことのない干渉であり、彼の「他を拒絶する」心を少しずつ溶かしていきます。
愛を与え全てを許す川本三姉妹の「母性」は、今後彼を変えていく大きな要因となっていくでしょう。
一方で、世話を焼き、彼に愛情を与える川本三姉妹、とくに長女のあかりは、両親をなくしたという事情もあり、妹二人の母代りとして面倒を見ています。
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その愛情のエネルギーがそのまま零にも向かっているのでしょうが、零と三姉妹の「擬似家族」はまた、三姉妹にとってもまた「癒やし」を与えていることも事実なのではと思います。

「父性」=島田開八段

そして回復した零は獅子王戦の対戦に向かいます。
彼らの対戦や棋譜については以下の記事をご参照いただくとして、
『3月のライオン 3巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館
準決勝では二海堂晴信の師匠でもある島田開八段と対戦します。
島田八段を「つかみどころのないタイプ」と認識し(無意識的に)油断してかかった零。決勝の相手は義理の姉・香子の愛人でもある後藤だったため、目の前の対戦に集中していないこともあったのですが、気づけば島田八段の圧倒的な状況。
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島田八段はまた、弟子である二海堂晴信にこうお願いされていました。
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零は、彼の思い上がりを打ち砕く島田八段の圧倒的な将棋に打ちのめされます。
そしてまた、盤上であれ、零がはじめて受けた衝撃でもあります。
身寄りのない零を引き取った幸田家もまた零にとっての「擬似家族」ではあったのですが、義理の兄弟ある子供たちには疎まれ、幸田プロからは零の拒絶もあり十分な愛情を受けていないという環境でした。
愛情を与え全てを許すのが「母性」であるならば、愛情を与え全てを「正す」のが「父性」であるかと思います。
「頑固親父」という言葉はすでに死語なのかもしれませんが、「叱る父、それをたしなめる母」という図式は役割分担としては巧く働いていると思いますし、「母性」の川本家の対照として島田八段を登場させたのもまた巧いと思います。
「頭をかち割られ」た零は、「強くなりたい」、そして「なにかを学びたい」という思いから、島田八段に研究会への入会の意志を告げます。
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それは、他人を拒絶した彼が勇気を持って踏み出した初めての一歩であり、彼の「孤独」の世界から次なる世界へ動かす一歩であると思います。
そういう意味で、この巻は彼が大きく「成長した」巻であるといえるでしょう。
「母性」の川本家、「父性」の島田開八段(島田研究会)。
彼の孤独をどのように癒やされるのか、そしてそれに伴う新たな苦悩をどのように背負うのか。
4巻以降もまた楽しみです。
【ご参考】
『3月のライオン』は『ハチワンダイバー』とは真逆のマンガかもしれない - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン』が描く3つの孤独 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 1巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 2巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 3巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館

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*2:P50

*3:P34

*4:P102

*5:P104

*6:P186