裸玉と将棋ボクシングについての駄文
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2010/02/19
- メディア: コミック
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チェスと将棋では同じ?
盤の広さが違ったり(チェスは8×8、将棋は9×9)、駒の動きが違ったり(チェスはルーク=飛車×2、ビショップ=角×2、ナイト=八方桂×2、クイーン=飛車+角、ポーンは初動時に2マス進める&プロモーションでクイーンに成れる)、さらに後述するステイルメイトという厄介な問題があったり。とても同じに考える気にはならないです。
「飛車先の歩を突いて龍作って追い詰める」は最短か?
コメント欄では「龍一枚で追い詰めれば簡単」という指摘がありました。裸玉の将棋など指したこともなければ指してくれる相手もいないので、ここでは主にハム将棋*1の裸玉で検討しましたが、「龍を作って端に追い詰める」(=飛車先の歩と飛車以外は不動)を実践してみたところ、第1図のように22手にてハムを投了に追い込むことができました。
●第1図
22手という手数をどう評価すればいいのかは微妙な気がしますが、かなり短い手数だとはいえるでしょう。ただ、これが最短かといわれると、個人的には疑問に思っています。三間飛車の要領で角道の歩を突いてと金を作り、角(馬)と飛車(龍)で追い詰めた方が早いと思います。ちなみにこちらを採用した結果、ハム裸玉を第2図のように20手で詰ますことができました。
●第2図
所詮はハム相手の手数ですので何ともいえませんが(苦笑)、私の現時点での考えは第2図のような指し方のほうがよいと思っています(もっとも、ハム将棋の場合にはパターンを読みきることでもっと短手数で詰ますことができます。参考:ハム将棋 ハム裸玉 元短手数 - YouTube)。
とはいえ、これらはあくまでハム相手に簡単に行なった検証に過ぎません。第2図のような詰み筋もきちんと指せば回避できるでしょうし、もっとしっかり検討すれば全然違う指し手・結論が出てくる可能性は多いにありますのであしからず。
将棋においてステイルメイトは詰みといえるのか?
第1図の形には手数以外の問題もあります。図をご覧いただければお分かりのように、第1図の裸玉には王手がかかっていません。”王手詰み”といわれることもあるように、詰みとは基本的に「防ぎようのない王手」と解されています。それでは、第1図のような王手はかけられていないけれど玉の逃げ場もなければ他に指す手もないような状態をどのように解するのか。このような状態はステイルメイト(参考:ステイルメイト - Wikipedia)と呼ばれ、チェスでは引き分けとされています。
では、将棋の場合は?……これが実はよく分からないのですが(苦笑)、どうも詰みとはいえないと考えた方がよいみたいです。
【参考】
・この場合打ち歩詰めになるかどうか? -先日、コンピューター対局をして- 囲碁・将棋 | 教えて!goo
・「詰み」の定義 - 勝手に将棋トピックス
教えて!gooで問題となっているのは次のような局面です(第3図)。
●第3図
このとき▲1三歩を打てるのか?が質問の趣旨ですが、ステイルメイトを詰みとするならば、▲1三歩は打ち歩詰め(参考:打ち歩詰め - Wikipedia)の反則手に該当することになるので打つことはできないと解されます。一方、ステイルメイトは詰みではないとすれば、▲1三歩は打てると解することになります。
果たしてどちらの解釈が妥当かは意見が分かれるかもしれませんが、王手になっていない▲1三歩が打ち歩詰めとされるのには納得がいきません。実際、ステイルメイトは詰みではないという理解が多数説っぽいので、私もこちらの見解に立ちたいと思います(笑)。
ゆえに、第1図のような状態は、詰みではないけど指す手がない(∵「自玉を相手駒の利きにさらす手」は反則手であり指してはいけない手に当たる)ので投了(もしくは切れ負け)するしかない局面、ということになるでしょう。なので、裸玉側が負けであることは変わりません。ただ、「2分間で俺の”王将”を詰ませ」(ハチワン14巻p155より)という澄野のセリフを杓子定規に理解すると、第1図のような局面になっても「詰みではないから認めないよー」といった子供じみた言い訳の余地がないでもないことになりますか(苦笑)。
このような詰みの定義の問題という観点からも、第1図よりは第2図のような指し方のほうが筋がいいと思います。
将棋ボクシングの持ち時間は?
ハチワン14巻で行なわれている将棋ボクシングは、将棋ラウンドとボクシングラウンドを2分間ずつ交互に行なうとされています(p143参照)が、それ以上の詳細は不明です。しかし、上述の裸玉問題の難易度は実のところ持ち時間によって大きく左右されます。なので持ち時間の設定がどうなっているのか気になるのですが、コメント欄で提示されている「持ち時間1分」というのはあり得ません。なぜなら、持ち時間1分ということは両対局者の持ち時間を合わせて2分ですから、最初の将棋ラウンド2分だけでどちらかが必ず切れ負けになってしまうからです。将棋ボクシングというからには、将棋ラウンドとボクシングラウンドがある程度続くようでないと競技として成立しているとはいえないでしょう。
この点、将棋ボクシングの由来であるチェスボクシングの場合は、チェスが1ラウンド4分、ボクシングが1ラウンド2分で、チェスの持ち時間は12分(切れ負け)とされている、とのことです(参考:チェスボクシング - Wikipedia)。
また、先崎学八段が行なったという将棋ボクシングの場合は、ボクシングラウンド30秒、将棋ラウンド2分で持ち時間なし1手20秒だったとのことです(参考:探偵ナイトスクープ、ゴールデン。将棋ボクシング。先崎8段 対 井岡 | 恋愛小説家ですが、小説は書きません。)。
前者の持ち時間制ですと、詰まされても投了せずにボクシングラウンドでのノックアウトを狙うことができますので、キザキが澄野に勝つことはまず不可能です。後者の一手20秒ですと、相手が1秒で指してもこっちは20秒未満で指せばよいので20秒でおよそ2手。つまり12手までに詰まさないとなりませんが、これもほぼ不可能でしょう。
なので、ハンデとかいいながら実際には端から無理な勝負だった可能性があります(笑)。もっとも、どんな時間設定だったのかは分からないので難易度は依然不明のままですが、将棋ボクシングとして成立しているといえる程度の長丁場が可能な設定でないといけません。そうすると、どうしても澄野側に粘る余地ができてしまうので、結論として無理ゲーといわざるを得ないような気がしています。
もっとも、作中の描写ですと両者ともほぼノータイムで指してるようにも読めなくもないので、このテンポであれば裸玉を詰ますことができるようにも思えます。しかし、それはあくまでキザキがきちんと指すことができたら、です。屈辱的なハンデを与えられたキザキが冷静さを欠いて悪手を連発してしまえば、たとえノータイム指しであっても澄野にスルスルとかわされてしまうことは十分考えられます。特に逃げ道を封鎖することを考えずに単純な王手を続けてしまいますとひたすら逃げられてしまう恐れがあります(「王手は追う手」という格言もありますね)。
それに、漫画の表現・描写の問題として、ノータイムで指してるように見えるからといって素直にそのように解釈してよいのか?という問題もあるでしょう。たとえば野球漫画ではピッチャーが投げてからキャッチャーミットにボールが収まるまでに登場人物の会話などが挟まったりすることがありますが(最近の野球漫画だとあまりないかも?)、だからといってボールが収まるまでにそれだけの時間がかかっている、ということにはならないでしょう。実際、私は将棋ラウンドについては2分という時間を少ないコマ数に落とし込んだ早送りのような表現だと思ってましたので、コメント欄にて「ノータイムで指し合っている」という断定的な読み方を提示されて正直少々驚きました。将棋にも漫画にも読み方はいろいろあるものだと改めて思いました。
コメントをいただいたおかげで有意義な検証ができました。コメントして下さった秋月耕太さん、ありがとうございました。
*1:2010年10月末の移転に伴いハム将棋の指し手も微妙に変化していますのでご注意を。