『密室キングダム』(柄刀一/光文社文庫)

- 作者: 柄刀一
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2010/01/13
- メディア: 文庫
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「マジックはもちろん」美希風は言う。「だますことが主眼ではありませんものね」
「そう! 擬似的に奇跡を体験してもらうことが目的です。不思議なおとぎの世界を楽しんでもらうのが、マジックです!」
現役マジシャンは目を輝かせるが、”壇上のメフィスト”の実弟は簡単には賛同しない。
「だます、というのは、悪意を持って不当に貶めることです。マジックは、両者合意の上で、心理と目を出し抜いて感銘を与える芸能ですよ」
美希風はこう付け加えた。
「両者合意の上で、見破ろう、驚かそう、と争っているパフォーマンスとも言えるかもしれませんね。意識下にある争いの緊張感が、勝負の瞬間の、ドッという開放と興奮を生む」
(p625〜626より)
『密室キングダム』というタイトルのもと、文庫版にして1231ページ*1を誇る本書は、物理的な厚さのみならず内容的にも圧倒的な厚みを誇っています。文字通り、密室につぐ密室という展開。ひとつの密室で一本の長編が作れるであろう趣向が凝らされています。二重三重の仕掛けが施され、しかもそれらが5つも連続することで「絢爛たる密室の大伽藍」*2が完成しています。
もちろん、そうした5つの密室はワンパターンなものではなくてバラエティにとんでます。また、一言で「密室」といっても、古くはカーや江戸川乱歩による分析・分類がなされているように、いくつかの種類に分けられます。そうした分類による理解に基づいた密室談義も当然のことながら楽しめます。でもそれは決して「一見さんお断り」的なものではありません。物理的(機械的)トリックと心理的トリック、時間と空間の関係、被害者と加害者(犯人)との内・外といった位置関係、密室同士の関係、そして密室の意味。基本から応用まで、密室についての様々な視点・論点が提示され、議論が活発に交わされます。まさに「密室の王国」といえるだけの過剰なまでに密室にこだわった一冊です。
もっとも、物理的(機械的)トリックときいて嫌な顔をされる方もいらっしゃるかもしれません。実をいえば私もそうです(笑)。過度に複雑すぎる仕掛けはときにフェアとは言い難かったりときに納得し難かったりで、いずれにしてもあまり面白くない場合があるからです。ところが、本書の場合には、確かにマジックになぞらえた物理的・機械的に力点の置かれた密室状況がいくつか作られてはいますが、しかしその多くは密室状況の発覚から比較的短時間で解き明かされてしまいます。というのも、
「物理的なトリックを見破った瞬間、心理的なトリックが始まっているような気がするのですよ。物理トリックが心理トリックに移行するのです。その見えない境目、仄暗い溶暗の際が、なんとも不気味です。”舞台部屋”事件では、まさにその迷宮に翻弄されましたよね。こちらに解かせるための謎すら仕掛けられていたのですから。解明したと信じた瞬間の、白光のような輝きが、白い闇になっていたようなものです。光と闇が反転するほどの奇観なのに、そうとは認識しづらい。そうした心理の罠に比べれば、物理的なトリックは扱いやすいはずだ、と自分に言い聞かせたわけです」
(本書p555より)
というように物理トリック自体は前段階的な位置付けで多用されているのです。
もっとも、すべてが文字でつづられている小説においては、物理と心理の境目は、実はそんなに明確なものとは限らないでしょう。本書の連続密室殺人事件は、マジシャンの館を発端とし、全体に奇術的な要素に満ちた絢爛な趣向で飾られています。そんなマジックと照応されながら語られる密室の仕掛け、ひいてはミステリとしてのトリック。それはつまり視点の誘導や盲点を突くこと、さらには内面世界の視野の可能性といった視覚世界の認識のあり方という点にまで行き着くこととなります。奇術的記述による擬似的な奇跡の体験。それこそがミステリの本領だといえるでしょう。
それでは、このように密室が連続する物語において、果たして読者はどのように視点を誘導されているのか?犯人はいったい誰なのか?となると、これが正直あまりスッキリしたものではありません(苦笑)。というのも、密室が5つ連続するという展開から予想されることではありますが、密室の真相が真犯人につながるロジックとしてあまり機能してこないのです。逆にいえば、だからこそ密室の連続発生が可能になっているといえるわけですが、これだけ密室にこだわった作品でありながらそうした事態が発生している点が面白いといえば面白いですが、なんだか物悲しいような気がしないでもないです。しかし、そうした悲哀もまた本書の魅力の一部でしょう。
ちなみに、本書は2008年度第8回本格ミステリ大賞候補作に挙げられました。そのため、他の候補作・受賞作と比較した選評を読むことができます(選評はこちら)。そちらを読むと、あくまで比較論ではありますが、本書は確かにぶ厚いというだけでなく無骨でお世辞にも読みやすいとはいえませんしストーリーは単調ですしトリック自体の派手さ・ケレンさも他の作品に一歩譲る、といった欠点が目に付きます。ですが、ミステリの王道である「密室」にこれ程までにこだわって、これ程までのボリュームの作品世界を作り上げたという点は素直に賞賛に値すると思います。厚さに臆することなく多くのミステリファンに読まれて欲しい一冊です。