『狼と香辛料』(支倉凍砂/電撃文庫)

狼と香辛料 (電撃文庫)

狼と香辛料 (電撃文庫)

 現代国家の多くは、国家作用を立法・行政・司法の三権に分立する「権力分立」の原理を採用しています(参考:権力分立 - Wikipedia)。国家権力を分割することによって権力の集中を防ぎ、権力相互の抑制・均衡関係を築くことが狙いです。
 三権のうち、立法は「法の定立」、司法は「法の適用」とその意義を把握しやすいのに対し、行政はあまりに広範なため定義することが困難とされています。そのため、行政の定義は行政控除説(消極説)、つまり、「国家作用のうち、立法作用と司法(裁判)作用を控除した残余の作用を指すとする見解」が通説となっています(参考:行政 - Wikipedia)。何ともいい加減だなぁとは思いますが、面白いといえば面白いです。
 同じように、積極的定義が困難であるがゆえに消極的手法によって定義の問題を解決せんとするアプローチを、ライトノベルの定義において西尾維新が試みています。

 ただ、発想を転換し、『ライトノベルとは何か?』はわからなくとも『何がライトノベルではないか?』という風に問いを変えれば、ある程度答は見えてくるように思える。
ザレゴトディクショナル』(西尾維新講談社ノベルス)p342より

 こうしたアプローチはまさに消極的な定義付けであり、行政控除説ならぬライトノベル控除説として理解することができるでしょう。さらに西尾維新ライトノベルではないものとして考えられる例を『ザレゴトディクショナル』p342〜343にていくつか挙げているのですが、そのひとつとして「経済小説」が挙げられています。しかしながら、本書『狼と香辛料』を読んだあとであれば、おそらくそれが挙げられることはなかったと思います*1。とはいえ、そのことが、ライトノベルでありながら経済小説であるという本書の意外性を如実に物語っているともいえるでしょう。
 行商人ロレンスと豊作を司る賢狼ホロ。信用と信頼。値打ちと価値。契約と約束。互いに人恋しい二人の面映い交流と、商人間による取り引き・駆け引きのコントラストに心惹かれます。
 すでに13巻も刊行されてますしアニメ化もされてますし、今更ここで私が紹介するまでもない作品ではありますが、ともすれば世知辛くなってしまいがちな経済という要素を巧みに物語に織り込んだエコノミカル・ファンタジーです。中世ヨーロッパ風の世界を舞台に為替・信用取引・貨幣価値といった経済的要素がしっかりと描かれつつも損得勘定以外の感情も丹念に描かれています。巻が進むにつれて引き伸ばしの感は否めなくなってはきますが、それでも経済ライトノベルという新たな境地を開拓した作品として語り継がれるであろう一冊です。

ザレゴトディクショナル 戯言シリーズ用語辞典 (講談社ノベルス)

ザレゴトディクショナル 戯言シリーズ用語辞典 (講談社ノベルス)

*1:ちなみに、両者の奥付によれば、『狼と香辛料』は2006年2月25日初版発行。『ザレゴトディクショナル』は2006年6月6日第一刷発行。その気になれば間に合ったと思いますけどね(笑)。